岐路に立つ酵母の栄養要求性マーカー

酵母の遺伝子組み換え実験で古くから用いられてきたものに、栄養要求性(auxotrophic)マーカーがあります。

例えば、染色体上のロイシンの合成酵素の遺伝子LEU2を壊した株では、自身でロイシンを合成できないためロイシン要求性ーロイシンのない培地では生えられないーとなります。この株に、LEU2を持ったプラスミドを導入してやればロイシンのない培地でも生えられるようになるため、プラスミドが導入された細胞を選択することが出来ます(この時LEU2のことを選択マーカーと言います)。

同様に、ヒスチジン合成酵素HIS3、トリプトファン合成酵素TRP1、リジン合成酵素LYS2、メチオニン合成酵素MET17、アデニン合成酵素ADE2、ウラシル合成酵素URA3などの選択マーカーがあります。

栄養要求性を用いた組換え体の選択は、安価でバックグラウンドがなく、マーカーの数だけさまざまなDNAを導入できるというメリットがあり、酵母の分子遺伝学的研究に大きなメリットをもたらしました(この他、カウンターセレクションという技も使えます)。

一方で、この栄養要求性という性質が、酵母の生理ー特に代謝に様々な悪影響を与えるということは想像に固くありません。

例えば、LEU2を破壊した酵母では、ロイシンを合成する他の酵素はあるのに、LEU2だけがない状態になります。その上で、外からロイシンを供給して酵母を生かしている状態になります。酵母の代謝はこういう「想定外」の状況が起きた時にどうなるのか・・・実はあまりわかっていません。とりあえず便利だから栄養要求性マーカーを使っておこうというのが、今までの研究の歴史でもありました。

しかし、システム生物学や合成生物学の時代になって、酵母の生理を詳しく調べると、栄養要求性が増殖に悪影響を及ぼしているという例が見えてくるようになりました。

上記のLEU2などがその良い例です。LEU2が壊れた酵母では、株によってはロイシンを外から供給してやっても、ロイシン輸送体の発現が追いつかず、かなりたくさんのロイシンを供給しなければならない、という論文があります。実験室酵母の中には合成完全培地でなぜか増殖できないものがあり、これがロイシンの取り込みがうまく行っていないせいであるという論文もあります。前者の報告は2002年のものですが、ここですでに「auxotrophicマーカーの使用はなるべく避けた方がいい」と提言されています。

栄養要求性の株を富栄養培地で培養するときにも注意が必要です。この論文では、YPDで培養するときにも栄養要求性株の増殖は制限されていると報告しています。

そのような懸念から(?)最近では、栄養完全性(prototroph)の酵母株を用いた遺伝子破壊株セットの構築が行われています(例えば、この論文この論文)。

酵母の分子遺伝学を発展させるために使われてきた栄養要求性マーカーですが、システム生物学では邪魔者になるのでしょうか。栄養要求性が今、岐路に立たされています。

・・・少し大げさ?

 

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