「人工酵母菌ゲノム開発プロジェクト」について少し解説

以前このブログで紹介した、「酵母の染色体を人間が全部作り直そう」というプロジェクトは、その後、国際プロジェクト「Synthetic Yeast 2.0(Sc2.0)」に発展し、2017年3月には30%が終了したという中間報告がされています(今年の終わりには全部終了するという話もあるようです)。この報告内容については、このブログよりもWiredの記事を参照していただいたほうが良いと思います(注)。

このプロジェクトの具体的な内容について、ある方からご質問を頂いたので、このブログで少し解説しておきます。その方の疑問は以下のものです(この方は、基本的な分子生物学の知識はお持ちです)。

酵母を恒久的に形質転換させるためにはゲノムそのものを改変したり化学合成品に置き換えることが必要です。その方法がネットで見つかりません。プラスミドを細胞内に導入する方法は一応書いてあるのですが、核膜はどうなっているのでしょうか。また核膜を通っても簡単に置き換わる(相同組み換えが起こる)とも思えないのですが。

また全合成ゲノムの場合はどうするのでしょうか。「自然形質転換」という機構があるらしいのですが、ゲノムが簡単に細胞質内のDNAと置き換わるはずがないように思われますが。

なるほど、こういうことが疑問になるんだなと、酵母研究者の私としては返って参考になりました。

出芽酵母にはとても高い形質転換能(細胞へのDNA取り込み能)(注2)と、相同組換え能(染色体のDNAが外来のDNAと置き換わる能力)があります。特に後者は他の生物には見られない性質です。

メカニズムはよく分かっていませんが、一旦細胞に入った核酸は、容易に核内にまで到達します。見たことがある人はいませんが、結果としてそう信じるしかありません。そして、酵母の場合には40bpほどの相同配列があると、簡単に相同組換えが起きてゲノムと置き換わります(注3)。置き換わったかどうかは、選択マーカーを使って判断します。

Sc2.0では、この性質を利用してドミノ倒しのようにゲノムを置き換えていくのです。それを簡単に表したのが下の図です。

酵母合成ゲノムの作り方

実は、こんなことが簡単にできる生物は、今のところ出芽酵母と枯草菌だけで、他の生物でやろうとしても多分うまく行きません。私は時々、「酵母は人間に研究されるために存在しているんじゃないか?」と思ってしまうことがあります。それくらい研究に便利な特徴がたくさんあるんです。このゲノム改変プロジェクトはその酵母の便利な機能の1つを使ってやっていることです。ですから、この手のゲノム改変が他の生物でもホイホイできるか、というとそういうわけにはいかないはずです。もちろん技術革新は進んでいるので、いつか他の生物―ヒトでも簡単にできる日がくるのかもしれません。

ちなみに、このプロジェクトの進捗を大きく加速させた(そして成否を分けた)ものは、プロジェクトの進行を管理するBioStudioというソフトウェアにあるようです。これで、コンピュータ上でゲノム改変の設計ができるだけじゃなくて、バーチャルに進捗状況を管理することができる。実際の酵母ゲノムが合成ゲノムに置き換わっているところは直接目で見れないわけですが、コンピュータ上では今扱っている酵母のゲノムが日々置き換わっている様子が確認できる。これは実際に実験を行っている側にとってはとてもエキサイティングなことでしょう。こういうビッグプロジェクトには高いモティベーションも必要で、このソフトウェアはそれに大きな役割を果たしているんじゃないかと論文を読みながら思ったわけです。

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注1:この日本語記事、一点おかしいところがあります。このプロジェクトを主導しているのは、Jef Boekeという人で、ジェフ・ブッカと発音します。記事では「ジェフ・ベイキー」と紹介されていて、一瞬「誰じゃそれ?!」と思ってしまいました。

注2:正確には、もともと高い形質転換能がるわけではなく、酵母にDNAを高効率で取り込ませる方法を研究者が努力して見つけたというのが正しいです。

注3:これも正確には、ゲノムに取り込まれる確率は高いわけではないけれど(感覚的にはDNAを取り込んだ細胞の1%くらい?)、簡単な操作で外部から導入したDNAがゲノムに入り込んだ酵母が得られるという意味です。

 

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