オリジナリティへのこだわり

私はオリジナリティに対する強いこだわりがあるように思う。

私がポスドク時代のテーマをそのまま引き続いてやらなかったのは、そのテーマが「ボスのテーマ」であったという思いが強いから。最近ずっとやっている仕事は独立してから始めたものではないが、半分独立したような状況で1から自分で作り上げたテーマ・実験系であるという自負がある。

1から作り上げて自信を持ってやれるようになるには数年かかった。それまでは「これでいいのか」と迷うことが多かった。だいぶ信じて良い証拠が積み重なってきた今でも、時折「これで大丈夫か」と自問自答する。

けれどもオリジナリティの高さだけは間違いない。誰もやっていないし、誰かが始めてもこのレベルまですぐに追いつかれることは無いだろう。

そんなオリジナリティへのこだわりがいつ生まれたのだろうか?

さっき実験しながら思い出したのは自分が大学院生の頃だ。ある酵素遺伝子を初めて見つけた。その酵素の活性を確かめる実験、やって活性は出たが、同じファミリーの別の酵素ではすでにその活性が証明されていた。そのとき「これはたいした実験結果ではない」と思った。

本当に知りたいのはその酵素遺伝子の細胞内での機能で、それはファミリーの酵素によって違うことが予測されたからだ。

今思えば上記の実験結果だって、酵素活性があることを示したものなのだから意味があるといえばある。でも自分にはその価値がわからなかった(だからそのデータはお蔵入りした)。そんな感じでずっとやってきた。

「どっかで聞いたような話」は価値がないと思っていた。

ポスドク時代はその研究室のテーマの最も大きな「?(はてな)」を解くために全力で頑張って、それなりの答えを見つけることにも成功した。だが、そのテーマは研究室のテーマ。私の作りだしたテーマではない。今思えば、その研究室のテーマをしっかりと展開することに成功したのだから、私がそれを引き継いでも良かったのかもしれない。だが、面白い実験結果が出ているその最中もまったくそんな気はなかった。

やはり、これは大学院時代の「ほったらかし・テーマは自分で探してこい」という状況に根付いているのかもしれない。ただ、大学院時代の研究室のメンバーがみんなテーマを自分で見つけてきていたわけではないので(大半は研究室にあるテーマを引き継いでいた)、やはり私自身の内なる動機なのかもしれない。

いずれにせよ、「オリジナリティの高いテーマは境界領域にあるはず」という思いから門戸を叩いた以前の研究グループで、思った通り「揺るぎないオリジナリティ」のテーマを見つけ新しい実験系を作ることができた。

いま数えてみたらもうすぐ10年!「そんなにやってんの?!」って感じ。

だけどこの実験系を使って新たな展開も見えてきたので、もう少しは続けようと思う。それと同時に、さらなる「展開」も考えて行かないとなぁ。