2014年秋、「新機軸」について考える。

はじめに:次のキーワードは?

システムバイオロジーの分野に入り、そこで新しく作ったgTOW実験を使ってほぼ10年になる。ここしばらく、さらなる新機軸が欲しいと思い始めている。

それはいろいろな理由によるが、この実験系でやりたいことが一通りできたこと、この実験系の限界が見えてきたこと、そして何より私自身がエキサイティングさを感じなくなってきたことがある。

gTOWによってまだまだできる事はある。もっと投資をして拡大路線でこの実験系を発展させ続けることは可能である。しかしそれが必要か、特に今の私にとって必要か、というのがここ数年ずっと思ってきたことである。

6000個の遺伝子すべてをgTOWで調べたことで、この実験系は1つの節目を迎えた。そこからどこへ進むべきなのか。実際にはまだやれることが残っていて、面白い使い方もできる。今の私のラボメンバーが行っているのはそんなテーマである。

だが、そろそろもっと大きな展開、あるいは転換をしたいと思っている。

最近注目しているキーワードが5つある。

1. 出芽酵母・2. 摂動(ロバストネス)・3. 合成生物学・4 進化・5. DNAを計測、である。

私がなぜこれらのキーワードに注目しているかを以下に述べる。

 

キーワード1:出芽酵母

私の中では酵母といえば出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)である。この生き物は「アルコールやパンを作る」という素晴らしい特性をもっているだけでなく、細胞がどうやって生きているかを知るためにもっとも優れたモデル生物である。

膨大な情報が蓄積し、データベースの整備も著しい。他の生き物では手に入らない、この生き物に対する情報が簡単に手に入る。「よく分かっている生き物」というと、面白味がないようなイメージがあるが、よく分かっている生き物だからこそできる設問がある。

さらにこの酵母は遺伝子操作が非常にやりやすい。様々な分子遺伝学のツールが蓄積している。だから一度のこの生き物に手を染めたら、もう思うようにいじれない他の生物なんてやってられない。

私は、この先もやはり酵母に固執し、酵母でなければできない設問を、酵母を使って解いていくつもりだ。それはつまり、生命科学の最先端の研究をやりつづけることに等しい。

 

キーワード2:摂動(+ロバストネス)

私たちが行ってきたgTOWは、細胞システムに対する摂動実験である。通常の状態では見えてこない細胞の特性(ロバストネス)を、摂動により明らかにしようとする実験である。この実験では、遺伝子のコピー数を上げるという摂動に対して細胞システムがどのように応答するのかを調べる(*1)。

私たちはここしばらくずっと摂動実験を行ってきたわけだが、この「摂動(perturbation)」というのが、分子生物学のバラダイムにいる研究者にはなかなか理解しずらいようで、説明してもピンときてくれないことが多かった

私たちは摂動を細胞システムに与えることで見えてくる「ロバストネス(頑健性)」を調べている。私たちがロバストネスを調べていることについては、少なくとも国内においてはかなり認知されているようである(細胞工学の特集号)。

したがって、「ロバストネス」とそれに強く関連した「摂動」は、私たちの研究の重要なキーワードだといえる。

上記のように、gTOWでの摂動により通常の状態では見えにくい細胞のロバストネスを調べている。これはいい方を変えると、実験室環境では見ることが難しかった、対象生物がさらされうる様々な環境状態で示す「表現型の空間」を、摂動により暴露させていると考えても良いだろう。

別の遺伝子の破壊や、熱ショックや高浸透圧などの様々な環境要因とgTOWを組み合わせることで、より広い表現型空間を探索することも可能である。そのような研究の展開も考えられるだろう。

いずれにせよ、現在私たちが地位を築いている、摂動実験によるロバストネス解析というスタンスを維持したい。

 

キーワード3:合成生物学

合成生物学という言葉は、システム生物学と前後して提唱され、平行して発展してきた。私自身は、どうもこの合成生物学というのが今まであまり好きではなかった。

それはまず第一に、合成生物学が目指そうとする「生物の再構成」が、あくまでも試験管内で生物から取り出してきた要素を再び混ぜ合わせることで再構成しようとするものであることである。

本当の意味で人がその生命システムを理解したというのであれば、知識のみで生命システムと同じ振る舞いをするものを作れるはずだ。それはつまり、数理モデルとしてコンピューター上で出来るべきものだ、という考えが私にはあった。

幸いなことに(?)、私と全く同様な考えを持つ人はいるようで、マイコプラズマの全細胞シミュレーションをやったM. W. カバートも同様のことを書いている

私たちも同様に、細胞をシミュレーションすることを究極のゴールとしてこれまで謳ってきたが、これは1つの研究室で達成できることではなく、私たちの持つリソースで近い将来達成することは難しいと最近思い始めた。近い将来のゴールとして目指すにはあまりにも山が高く、現在の私たちの持つ力では、この研究に大きなインパクトを与えられないだろう。

さて、合成生物学のもう一つの流れは、既存の遺伝子・タンパク質パーツを組み合わせて細胞に新しい機能を付与するというものである。これも、私にとってはこれまでに考えられる以上のおどろくべきものではないし、そもそも面白いだけでサイエンスとしての価値も低く、さらに謳っているほど応用にも結びつかないだろうと感じていた。

マイコプラズマのゲノムの人工合成や、酵母の人工染色体の話もこれに近いと思うが、やはり単に「面白い」以上のものを感じなかった。

だが一方で、私自身が講義で学生と読む論文や、ラボセミナーで紹介する論文の中に、明らかに合成生物学が増えていった。やはりなんといっても新しい。これまでにないものが生み出されていることは確かだからだ。そして、「単に面白い」というのはとても大事なことで、かつもっとも難しいことでもある。

そして最近ついに考え方を改めた。

キーワード1や2とも関連するが、これまでに探索されてきたもの、摂動によって探索されつつあるものは、あくまでも今存在している「酵母細胞システム」という枠組みの中での探索である。実はその外側には、細胞システムがとりえる膨大な解空間が存在しているはずだ。

酵母はたまたまその空間の一つに落ちたに過ぎない。その垣根を打ち壊すには、遺伝子破壊や過剰発現のような、人工的とはいえ「想定の範囲内」の摂動では不十分だ。合成生物学という、はるかに人工的な摂動にこそ、その解空間にたどり着く道筋なのではないかと最近思い始めた。

 

キーワード4:進化

私は進化研究が嫌いだった。

時間スケールが長い過程、再現性ができない過程を扱うことで、どうしても机上の空論の粋を超えないと思っていたからだ。さらに、趣味の要素が強く、どうしても実用に結びつかない分野だと思っていたからだ。

しかし、これが最近のゲノム技術の発展で大きく変化しつつある。

まず膨大なゲノム情報が手に入るようになってきたことで、情報学的・統計的に遺伝子や分子ネットワークの進化の原理を探ることが可能になってきた。

さらに、ゲノムレベルでの変化を捉えるような進化実験が可能になったことで、試験官内進化とは言え、ゲノム進化・ゲノム再構成の背景原理を調べられるようになってきた。

最後に、このようなゲノム進化やゲノム再構成の原理が、がん細胞の悪性化や進化的トレードオフによるヒトの病気のかかりやすさの原理と結びつくようになってきた。これにより、進化の研究がヒトの病気を理解するための新しい方法論になり始めている。

つまり進化研究は、もはや「机上の空論」ではなくなってきたのだ。

余談になるが、「日本進化学会」という学会がある。この学会の名前から考えても、古くからある由緒正しい学会のように聞こえるが、実は作られてから15年程度しか経っていない。この事実から考えても、今こそ進化研究が科学の1分野として発展しえる基盤が整ったのだといえる。

話を戻そう、そういう状況にあって、酵母も進化研究の良いモデルとなりえると私は考えている。上記の合成生物学を使った摂動により、酵母システムが構築されるまでにあった(かも知れない)人工的な大きな摂動を与え、その結果生じるシステムの変化を調査するのだ。

 

キーワード5:DNAで測る

最後に、何をどのように調べるかである。「何を測るのか」といっても良いかもしれない。

もちろん生物学実験の場合には、必ずしも測る必要のない実験も存在する。定性的な実験も数多くある。しかし、定性的な実験は、突き詰めれば必ず定量実験になりうると私は考えている。だから私は、はじめから「測る」実験を志向する。

そして測るものは、「DNAで測る」ということを志向したい。

私たちは、これまでgTOW法で細胞内のDNA(プラスミド)のコピー数を測ってきた。

DNAは細胞の中でももっとも安定な物質で、さらにそのコピー数は、細胞のどんな増殖条件でも変わらず、細胞が増えなくなってもすぐには変化しないという特性がある。mRNAやタンパク質は、細胞の増殖条件によって合成量や安定性が変化してしまう。

また、DNAのコピー数は簡単に抽出した後リアルタイムPCR1発で簡単に定量できるが、mRNAは気を使いながら精製した後に逆転写をしてはじめて定量できるし、タンパク質はウエスタンブロッティングやMass解析などややこしい(かつコストのかかる)手順が必要となる。

この「安定・簡便・低コスト」というメリットがあったからこそ、私たちのような小さなグループでgTOWをここまで発展させられたのだろうと考えている。最近mRNAやタンパク質も測り始めているが、情報はそれだけ増えるものの、やはり大変だ。とてもハイスループットには行かない。

そこで、やはり新機軸では「DNAで測る」ことにこだわりたい。

 

まとめ

以上のキーワードを常に念頭に置きながら次の新機軸を考えたい。実はこれに基づいた新しいテーマのアイデアが一つ、私の頭の中にある。何が見えるかは分からないが、(だからこそ?)私個人としてはエキサイティングなテーマである。

何人かの研究者とこのテーマについてディスカッションしたが、特に専門に近い人からはいくつかのクリティシズムをもらっている。それが、その人のもっている(古い)パラダイムからくるものであることがわかり、私はより自信を深めた。

上記の5つのキーワードを謳っている研究室はほとんどないと思う。いくつかのキーワードについては、一般の分子生物学者には理解されにくいものだろう、だからこそ独創的であると私は考える。

私たちは、これらのキーワードにしっかりと基づいて、誰もやったことのない「新しい生物学」を行っていく。

ーーーー

*1 このような人工的な摂動が細胞の通常の生理状態を反映しているのかという批判をよく聞く。しかし、摂動実験によって見たいものは、そのシステムがどのような背景原理をもっているかである。遺伝子破壊(という摂動)ですら、生理状態でおきることは想定されていない。遺伝子破壊によってシステムがどのように影響をうけるのか、その背景となっているものは何かを知るために、この実験は行われる。

 

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