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第4章:gTOW6000を世にはなつ

1. 会心の講演

私たちは新しい研究成果を得たときに、学会や講演会で発表(プレゼンテーション)したり、論文として発表します。gTOW6000は完成して論文になるまで随分と時間がかかったので、いろいろな学会などで発表しました。

研究成果を始めて学会発表する「お披露目」のときには、聴衆の研究者がどんな反応をするのかドキドキするものです。忘れもしないgTOW6000の酵母研究者へのお披露目は、2010年6月の「酵母合同シンポジウム」での招待講演でした。20分程度の発表だったでしょうか、準備をしっかりして、笑いを3箇所ほど入れ、導入は衝撃的に。聴衆が私にとってど真ん中だったということもあり、会心のプレゼンテーションでした。私はいつもプレゼンテーションの度にいろいろと反省することが多いのですが、今回は非常に珍しく、「決まった」と思えるものでした。何といっても3回の「仕込みで」すべて爆笑をとったのは、後にも先にもこの発表だけです*1

その後も国内のいくつかの学会と、海外の学会でも一度口頭での発表をやりました。論文発表にはこのシンポジウムからさらに2年と6ヶ月を要したのですから困ったもんです。

2. gTOW6000どうぞ皆さんお使いください。

学会で何度か発表したので、私がgTOW6000のプラスミドコレクションを作っていることは知れ渡りました。日本にはナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)という、実験生物を保管、分与してくれる有り難い組織があります。酵母にもそんな組織があり、さまざまな酵母株とプラスミドを保管し、必要に応じて分与しています。

ある時、NBRP酵母の担当者から、「gTOW6000のコレクションをNBRPに寄託してはどうか。」という提案を受けました。研究コミュニティーの考え方として、各自の実験室で作った株やプラスミド等のリソースは、公共の役に立つために、自由にやり取りするというものがあります。「分与してくれ」といわれて、自分たちで6000コレクションを複製してその人に送るのは大変な手間ですし、せっかくお金と時間をかけて作ったコレクションです、「どうぞ皆さんお使いください」ということで、NBRP酵母に寄託しました。

最初提案を受けた時には、6000ものコレクションを寄託したらNBRPにとって逆に迷惑ではないかと思ったのですが、現在はNBRP酵母のウェブページ上で、gTOW6000クローンを物理地図で分かるようにもしてくださっていて、体系的な分与が可能になっているようでとてもありがたい事だと思っています。

このコレクションは、gTOW法というややこしい実験のために作られたものではありますが、単純に、「酵母のすべての遺伝子それぞれを過剰発現できるコレクション」として利用してもらう事も可能です。NBRP-yeastは安価にコレクションを分与していますから、気軽に使っていたいものです。・・・とはいえ、6000の株をあつかうのはそれなりに大変ですが。

また、言いわけになってしまいますが、どうしても「取りこぼし」や、あつかっているうちに「失ってしまった」クローンも存在します。韓国の某コレクションとは違い非営利でやっていますので、その点はお許しいただければと思います(お問い合わせ頂ければ、個別に対応できるかもしれません)。ちなみに、私たち自身もgTOW6000のページをつくっていて、gTOW6000をどうやってくつったかの専門的な説明や、各プラスミドに組み込まれた遺伝子はゲノム上のどこからどこまでに対応するのかや、PCRに用いたプライマーの配列なども掲載しています。利用する際には、これもあわせて参考にしていただければと思います。

3. 論文執筆の戦略

学会では発表した、プラスミドコレクションも寄託してオープンになった、となれば論文発表です。言うなれば、これが最後にして最大の難関。当然、ここまで注いだエネルギー、膨大なデータ、しかも先攻論文の結論を覆す、ということになれば、トップジャーナルに掲載させなければなりません。

ただ、出芽酵母ではすでに幾多のゲノムワイドコレクションが作られているのも事実です。特にトロントのグループがすごい。解析もひっくるめて次々とトップジャーナルに掲載してしまったので、単純に、酵母のゲノムワイドコレクションを解析しただけでは、強力なインパクトはもたいないという状況だと私自身思っています。先のSopko2006もトロントのグループからでた論文でした。

Nature、Science、Cellなどのトップジャーナルでは、まず投稿するとエディターが論文のインパクトをチェックし、ダメと判断されたら即座にリジェクト(掲載棄却)します。その壁を越えるためには、いかにこの論文にインパクトがあるかをカバーレター(添え書き)で説明することが必要です。時には、分野の大御所に先に投稿する論文を見てもらい、「お墨付き」をもらっていることをカバーレターで書くこともあります。

ここで少し話を過去に戻します。私が酵母の国際学会でgTOW6000の研究を発表したときのことです。私は、Sopko2006の仕事を引き合いに出し、「彼らとはアプローチが違うので、違う結果が得られた」、と控えめに発表しました。するとその会場にいた日本の酵母界の御大に、「君の言い方じゃダメだ。『これまでの研究はダメだ。私たちの方法の方が、ちゃんと生物のことが分かるんだ。』と、ちゃんと主張しなくちゃ。」と言われました。彼は外国人に対してもどんどん主張して今の地位を獲得した、日本人としては珍しい先生です。私は、「よし、それなら論文はその路線で書くぞ。」と、その時誓いました。この戦略が、今にして思えば大間違いだったといえます。

初稿にあたる論文は、Natureとその姉妹紙、Science、そしてCellとエディターにリジェクトされ続けました。まあ、これはある程度想定の範囲内です。そして、ようやくMolecular CellというSopko2006が掲載された科学誌で、レビュー(審査員による査読)に回りました。カバーレターで、Sopkoらの論文を引き合いに出して「彼等の結果を覆す」と主張したおかげかもしれません。しかし、帰ってきたコメントはよいものではなく、エディターによってリジェクトという結論が下されました。

リジェクトしてきた審査員の1人は、どうもトロントのグループに近い人だったようで、「この仕事はSopkoらの仕事を否定するものではなく、補完的なものである」というコメントがありました。そう、私たちの戦略は見事に失敗したのです。自分の学会発表がそうであったように、私はこれまで闘いを挑むような論文を書いたことはありません。今回は御大にそそのかされて(?)、自分に出来ないことをやってしまったようです。そこで、論文の主旨を1から作り直しました。

真面目にSopkoらの仕事も引用し、比べ、私たちとの研究の違いを書きました。すると、実際にSopkoらの仕事が私たちの仕事と補完的な仕事であることが、私にも分かってきたのです。トップジャーナルに載せようとするばかりに見るべきところが見えていなかった、初稿の論文はいろんな意味で不完全でした。私の論文執筆能力が十分でないからなのかもしれませんが、これまでたいていの場合、初稿で書いた論文がリジェクトされて、繰り直し書き直して満足のいく論文になります。すんなり通ってしまったら不完全なものが発表されてしまう、それよりはいいのかもしれません。

さて、書き直した論文は、Genome Research誌に投稿しました。これは、ゲノム研究ではトップのジャーナルです。科学誌はしばしば、「インパクトファクター」と呼ばれる、どれだけその科学誌に掲載された論文がその先に引用されているかという指標をもとに評価されます。この指標には賛否両々論あるものの、やはりそれなりに、それぞれの科学誌に掲載される難しさ、要求するスタンダードの高さを反映しています。

今回の論文については、私はインパクトファクター10以上の科学誌に絶対に掲載するつもりでした。泥臭い話ですが、たくさんの研究費や人材をつぎ込んでもらったし、結果もしっかりとしたものが得られている。あとは私ががんばるしかない。この論文が「よい科学誌」とよばれるものに掲載されないのだとしたら、私の責任以外のなにものでもない。そういう意味では、インパクトファクター13以上のGenome Research誌は、次の候補としては適切だと思われました。

投稿してからの査読の結果が帰ってくるまでは、いつ結果のメールが入ってくるかわからず(たいてい時差の関係で真夜中に来ます)、夜中にはっと目が覚めてはメールをチェックする日々が続きました。少し長い査読がおわり、結果が帰ってきました。「Decision on...」のメールを開くときはいつも死ぬほどドキドキします。いつもまずは英語のメールの全体をざっと眺めて、アクセプト(受理)やリジェクトに特有の言い回しがないかをさきにチェックします。

今回の場合には、「We are sorry」の言葉なし、いける!。査読の結果は非常に好意的、なかでも「This is a landmark study」という言葉には、長い苦労も報われた気持ちになりました。もちろんすぐにアクセプトという訳ではなく、いくつかの手直しをして、最終的に受理の日を迎えました。

4. 掟破りのオファー

ところで、Molecular Cellに投稿したあと、ある事件がおこりました。私たちの研究にとても関連のある研究をしているAA氏から、突然、「今あなたの論文を読んだ、すばらしい内容だ、ぜひ共同研究をしたい。」、というメールが届いたのです。通常、査読は匿名で身分を明かさずに行うことがルールとされています。査読者が査読中に筆者に直接コンタクトをとる事は許されていません。

この「掟破りのオファー」には大変驚きましたが、相手のAA氏は超大物です。断る理由はありません(査読の結果にも影響があるかもしれませんし・・・これが直接コンタクトをしてはいけない理由なのですが)。共同研究にはOKを出して、必要な情報を先方に渡しました。

結局、Molecular Cellからはリジェクトされたのですが、3人の査読者のうち1人がべた褒めで、これがAA氏だったのは間違いありません。Genome Research誌に投稿する時には、当然ながらAA氏をレビューアとして再び指名しました。

実際今考えれば、それこそ業界の大物AA氏に先に論文を見てもらい、助言や推薦をもらった上で、書き直した論文を投稿すれば、トップジャーナルも夢ではなかったのかもしれない、と負け惜しみが出てきます。ただ、AA氏は以前論文を発表した時に、ちょっといざこざがあって、ライバルのような関係になっている可能性もありました。どちらに転ぶかわからず、その選択はとれませんでした。学会でも会えるチャンスはあったのに・・・そういうガッツがないと、なかなかトップジャーナルは難しいのかなぁと、結局、それが私の「科学者としての実力」だったという事なのでしょう。次のチャンスに備えて実力を養いたいものです。

5. プレスリリース、この研究の将来

そんなこんなでようやく掲載にまでたどり着きました。最近紙面を持たないオンラインジャーナルばかりに論文を発表していたので、カラー図満載のこの論文の出版料をみて、目が飛び出ました。最後まで金のかかる仕事でした。

最後の仕事はプレスリリースです。発表された論文の内容を、マスコミを通じて広く世間の人に紹介します。論文のオンラインでの掲載日は12月28日、年の背も押し迫った日、ようやく発表されました。プレスリリースの内容は、地元の山陽新聞といくつかの地方誌のオンライン版、マイナビニュースなどで紹介されました。年が明けてから日経新聞にも掲載されました。

「この研究の成果は、がんやダウン症候群など、染色体異常が引き起こす疾患の病態の解明につながる」という言葉を入れました。もちろん私たちの酵母の研究がそのままつながる訳ではありません。しかし、AA氏ら他の研究者の仕事から、これらの疾患の細胞で起きていることが、私たちが取得したようなdosage sensitive geneによって説明できる証拠がえられ始めており、荒唐無稽な事ではないと確信しています。今後はさらにDSGを生み出す原理を究明し、さらにこの酵母の研究で生まれたコンセプトを、これらの疾患の病態解明に利用したいと考えています。

 

6. 最後にー謝辞

最後に、この研究にたずさわったたくさんの方々に感謝を申し上げます。ソニーCSLの北野氏の後押しがなければ、この研究は存在しませんでした。癌研究所/ソニーCSLの吉田由紀氏は、癌研での研究室運営を強力にサポートしてくださいました。この研究は、癌研究所、理化学研究所、そして岡山大学に研究スペースを頂き、JST・ERATO-SORST、JSTさきがけ、文科省テニュアトラックプログラム、科研費などの資金援助により行なわれました。領域・班会議でたびたび励ましてくださった、さきがけ「生命システム」領域の中西重忠総括、アドバイザー(特に近藤滋氏)、さきがけ研究者のメンバーの皆さん、科研費・新学術領域「遺伝情報場」の平岡泰代表を始めとするメンバーの皆さんに感謝申し上げます。

 

gTOW6000論文解説、おわり。


*1 オーガナイザーの先生方が良い雰囲気を作ってくださったことも、この「成功」の重要な要因である事は間違いありません。