2017-08-26 (土) 23:48:54

システマティックな過剰発現実験による細胞周期の解析のページも作りました。

MBoCに「遺伝子の過剰発現の定量的側面(Quantitative nature of overexpression experiments)」というperspectiveを書きました。過剰発現実験が引き起こす細胞増殖の遅延の主要な要因についても解説しています。

  • Moriya H., Quantitative nature of overexpression experiments., Mol Biol Cell. 2015 Nov 5;26(22):3932-9.
 

はじめに

生命現象はさまざまな遺伝子が「必要なときに必要な量」発現することによって成立しています。遺伝子が通常の量よりも過剰に発現してしまう(これを「過剰発現」と言う)と、生命システムは様々な変調を来します。遺伝子の過剰発現は、癌などの病気の細胞で観察されます。また、研究者は人工的に遺伝子を過剰発現させることで、調べたい遺伝子の機能を探ったり、生命システムを私たちが望む方向にコントロールしたりします。ここでは遺伝子綱引き法のイントロとして、遺伝子の過剰発現とは何か、そしてそれはどのような場面で見られるのかについて解説します。

 

 

遺伝子増幅

遺伝子の過剰発現はさまざまな原因で起こりえます。その原因の一つが遺伝子増幅です。遺伝子増幅とは、ある特定の遺伝子(を含む領域)が増幅する現象です。例えば出芽酵母細胞やショウジョウバエの卵形成では、リボソームRNAをコードする遺伝子の増幅が観測されます。また、細菌や酵母、ハエ、不死化したほ乳類の細胞では、薬を使うとそれに耐性を持つための遺伝子の増幅がおこることが観察されています。

がん細胞に見られる遺伝子増幅

遺伝子増幅はがん細胞でしばしば観察されます。がん細胞では特定の「がん遺伝子」の増幅が見られ、これががん発生のメカニズムの解明(新たながん遺伝子の発見)やがんの性質の特定(予後の予測)、治療方針の決定(新たな治療薬の開発)に利用されます。がんの遺伝子増幅については以下のレビューが参考になります。

Albertson DG., Gene amplification in cancer., Trends Genet. 2006 Aug;22(8):447-55.

この論文に記載されているものとしては、神経芽細胞腫の約20%ではMYCN遺伝子のコピー数が50−100倍になります。またEGFRはグリオーマの40%で8−63倍に増幅しており、HER2 遺伝子は乳癌・胃癌・卵巣癌で20倍に増えている例などがあります。
 HER2の遺伝子増幅(赤色) 緑色は17番染色体のセントロメア
 her2_fish.jpg

がん遺伝子依存(oncogene addiction)

遺伝子増幅などによって過剰発現しているがん遺伝子は「がん遺伝子依存 (oncogene addiction)」という現象を引き起こしていることが最近提唱されています。例えばMYC遺伝子が過剰発現しているがん細胞でMYC遺伝子の発現を押さえるとがん細胞が死んでしまいます。これはがん細胞の生存がMYC遺伝子に強く依存しているということを表しています。これを一般化したのが「がん遺伝子依存」の概念です。この依存されているがん遺伝子こそが、癌にとってのAchilles' heal (弁慶の泣き所)となりうるので、そこを攻めろという訳です。これらについての参考文献をいかにあげます。

  • Weinstein IB., Disorders in cell circuitry during multistage carcinogenesis: the role of homeostasis., Carcinogenesis. 2000 May;21(5):857-64. : Weinstein氏ががん遺伝子依存を提唱した論文です。
  • Weinstein IB., Cancer. Addiction to oncogenes--the Achilles heal of cancer., Science. 2002 Jul 5;297(5578):63-4. : MYCにがん遺伝子依存があることが実験的に示されたのを受けた解説論文です。
  • Weinstein IB, Joe AK., Mechanisms of disease: Oncogene addiction--a rationale for molecular targeting in cancer therapy., Nat Clin Pract Oncol. 2006 Aug;3(8):448-57. : Weinstein氏自身の最近の総説です。

特に3の論文は、がん遺伝子依存のメカニズムやがん遺伝子依存の概念を使った治療も視野に入れての総合的な解説です。ロバストネスという観点から見ると「依存されているがん遺伝子 = 癌の脆弱点」と考えることが出来ます。ただ治療となると結局どうやってその遺伝子をアタックするのか、どうやってそこからサバイブしてくる「違う弱点を持った細胞」をアタックするのかということが重要になりそうです。

ちなみにこの概念はさきがけの領域会議のときにアドバイザーの武藤先生に初めて教えていただいだきました。

がん遺伝子依存の原因

  • Sharma SV, Settleman J., Oncogene addiction: setting the stage for molecularly targeted cancer therapy., Genes Dev. 2007 Dec 15;21(24):3214-31. : 2007年12月にでた新しい解説です。基本的な内容はWeinstein氏のものと同じですが、Weinstein氏の論文の方がわかりやすく面白いです。この総説の新しいところはがん遺伝子依存の原因・分子メカニズムに触れているところです。彼らの「Oncogenic shock」というアポトーシズを介したがん遺伝子依存のメカニズムの仮説を主張するための総説です。
  • Kaelin WG., The concept of synthetic lethality in the context of anticancer therapy., Nat Rev Cancer. 2005 Sep;5(9):689-98. : oncogene addictionの原因がsynthetic lethal(合成致死)にあると述べた論文です。

これらの中でがん遺伝子依存の原因として、以下のものをあげています。

1. Genetic streamlining (遺伝的合理化)

  • Extragenic suppression
  • Synthetic lethal interaction
  • Homeostatic suppression

上記のものは基本的には微生物で見られる遺伝子間相互作用と同じ原理で説明されています。酵母の分子遺伝学をやっている私にとっては親しみやすい仮説です。

2. Oncogenic shock(発癌ショック?) こちらは、がん遺伝子がアポトーシス(proapoptotic)と生存(prosurvival)のシグナルの両者を活性化しているという仮説で、彼らはその実験的根拠を見つけたのでこの説を提唱していますが、今ひとつ親しみが持てません。

依存的ながん遺伝子は抗がん剤の標的になる?

過剰発現しているがん遺伝子を標的とした抗がん剤が開発されています。

  • HER2 ~ trastuzmab (Herceptin)
  • BCR/ABL ~ imatinib (Greevec)
  • EGFR ~ gefitinib (Iressa), erlotinib (Tarceva), cetuximab (Erbitux))
  • VEGF ~ bevacizumab (Avastin)

余談ですが、-mabはモノクローナル抗体の接尾語で、このような方法で名前を決めるらしいです。~tinibはチロシンキナーゼ阻害剤の接尾語だそうです(非常に発音しにくいです)。

人工的な遺伝子の過剰発現

私たちは遺伝子を改変することによって人工的に遺伝子を過剰発現させることができます。これは大きく3つの方法性に分けられます。

蛋白質の活性や構造を調べるための遺伝子過剰発現

この場合には、目的の蛋白質が活性を持った状態で大量に精製されることが目的となりますので、その蛋白質が本来発現している細胞を用いる必要はありません。通常発現の強いプロモーターの制御下に目的の遺伝子をクローンして生産したい細胞に導入し、目的の蛋白質を(何らかの方法で)精製します。

この目的には大腸菌や酵母、昆虫の培養細胞などが用いられます。下等な細胞ほどコストは低く抑えられますが、コドンの使用頻度や翻訳後修飾などが生物種によって異なりますので、うまく物質生産用の細胞を選ぶ必要があります。

精製された蛋白質は試験管内での生化学実験によってその酵素活性が調べられたり、結晶化してその立体構造が調べられたりします。また活性がわかっている蛋白質である場合にはそれが産業に利用されます。

遺伝子の細胞内の機能を調べるための遺伝子過剰発現

この場合には、目的の遺伝子が働くでことの出来る場所で、本来発現されているよりも過剰に発現されることが目的となります。この場合にも通常は発現の強いプロモーターの制御下に目的の遺伝子をクローンして細胞に遺伝子を導入します。

その後、その細胞にどのような変化が訪れるか(表現型)を調べることでその遺伝子の機能を予測します。これをトランスジェニック技術と呼ぶこともあります。非常にインパクトのある例では、ショウジョウバエで目を作る遺伝子 (eyeless) を体の各部分で過剰発現させることで体中に目が出来たという実験があります(下)。

ちょっと気持ち悪いです。
dpp-eyeless.jpg

細胞の機能を制御するための遺伝子過剰発現

昨年(2007年)に作られて大きな反響を呼んだ人工多能性細胞は、4つの遺伝子を過剰発現させることで皮膚の細胞を万能細胞に変化させたものです。つまり遺伝子を過剰発現させることで細胞のシステムを人が望む方向に操作したことになります。

 

私が実験に用いている出芽酵母では遺伝子の過剰発現系が非常に洗練されています。ガラクトース合成酵素GAL1のプロモーターを用いると培地条件をグルコースからガラクトースに変化させることでかなり迅速・正確・可逆的に目的の遺伝子を過剰発現することができます。このほかに、メチオニン合成酵素の遺伝子を用いたり抗生物質ドキシサイクリンで遺伝子の発現を制御し過剰発現させる実験系もあります。これは上記のの実験にも用いられます。また酵母のゲノミクスを生かして、酵母に存在する多数の遺伝子を過剰発現させてその表現型を調べることから、それらの遺伝子の機能や遺伝子同士の相互作用を見る実験も行われています*1

守屋が用いてきた遺伝子の発現実験

わたしはこれまでに大腸菌と酵母を実験材料として、様々な研究を行ってきました。その中で実際にどのような目的でどのような手法を用いて遺伝子を過剰発現させてきたかを参考までに書きます。

  • 大腸菌にて*2
    • HrpA蛋白質をGST融合蛋白質として過剰発現し、アフィニティ精製し、生化学実験にもちいた。
    • 上記のコンストラクトをもちいてHrpA蛋白質を細胞内で過剰発現し、遺伝子発現に与える影響を観察した。
  • 酵母にて
    • Elm1蛋白質を細胞内でGAL1プロモーターから過剰発現させ、細胞に与える影響を観察した*3
    • Yak1蛋白質を酵母細胞内でGST融合蛋白質として過剰発現し、アフィニティ精製し、生化学実験にもちいた*4
    • 様々な部位欠失型Rgt2蛋白質を過剰発現させ、グルコース誘導経路に与える影響を見た*5

とにかくいろんな局面で(というか全てのテーマにおいて)「遺伝子の過剰発現」と道具として使ってきました。

遺伝子発現の上限を知るための遺伝子過剰発現

これは新しいアプローチです。私たちが開発した遺伝子綱引き法では、細胞内の遺伝子のコピー数を増やしていくことで目的の遺伝子を過剰発現させます。この手法では細胞が死ぬ直前の遺伝子のコピー数を測ることができる仕組みになっています。そのことにより、細胞システムが「遺伝子の過剰発現に対してどれだけ耐えられるか?」(=細胞システムのロバストネス)を調べることができます。この手法の特徴については遺伝子綱引き法のページで詳しく解説します。

 

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2017-08-26 (土) 23:48:54

*1 参考文献
*2 成果発表/論文発表/HrpA論文
*3 成果発表/論文発表/DHH1論文
*4 成果発表/論文発表/POP2-YAK1論文
*5 成果発表/論文発表/RGT2-YCK1論文