2016-10-15 (土) 19:35:48
タンパク質の過剰発現が細胞機能に及ぼす影響を体系的に調べた研究は、これまでに複数の研究グループによって行われている。そのほぼすべてが出芽酵母を用いて行われており、その実験系は大きく3つに分類できる。
1)プロモーター置換:標的となるタンパク質を個別に誘導可能な強力なプロモーターから発現させる。標的となるタンパク質はネイティブな発現量を無視した形で一様に発現誘導され、発現しているタンパク質の量は不明である事が多く定性的な過剰発現と言える。複数のグループがプロモーター置換による過剰発現実験を行っているが、その中でも最も広範囲な解析を行ったのは、トロント大学のChalrs BooneとBrenda Andrewsらのグループである*1。
2)gTOW:標的となるタンパク質のコードする遺伝子のコピー数を個別に上げて、そのコピー数限界から過剰発現の上限を調査する。発現限界がわかることから定性的な過剰発現と言える。ゲノムワイドなgTOWによる出芽酵母のすべての遺伝子の過剰発現の限界測定は守屋のグループがが行った*2。
3)ダイソミー:一倍体の酵母細胞において特定の染色体だけを倍化したダイソミー株を作成し、倍化した染色体上のタンパク質を一斉に過剰発現させる。倍化した染色体からの発現量は2倍となる。MITのAngerika Amonらのグループは、出芽酵母がもつ16本の染色体のダイソミーのほとんどが増殖阻害を起こすことを見出すともに、ダイソミ―株の多階層オミックスを駆使した先駆的な研究を展開してきた*3。
ダイソミーの解析から提案された増殖阻害ののメカニズムは、申請者らが個別の量感受性タンパク質の解析から提案した上述の増殖阻害のメカニズムとも共通しており、ダイソミー株とgTOWによる個別の遺伝子の解析は、タンパク質の過剰による増殖阻害のメカニズムを知る上で補完的な関係にあるといえる。申請者は2013年からAmonらと共同研究を行い、ダイソミーの増殖阻害は、単独では増殖阻害がそれほど強くない量感受性タンパク質が一斉に過剰になることで引き起こされている事を明らかにした
*4。なお、Amonらは異数性を特徴とする癌細胞では、同じく異数性の1つであるダイソミー細胞と共通した、タンパク質の過剰が引き起こす生理応答が起きていることを発見しており、酵母を用いた過剰発現実験が、癌の生理を理解する上でも有効な手段であることを示している*5。