ラボで働く人たち(0)

さて、これからはシリーズで「ラボで働く人たち」を取り上げます。日本語でラボの連中が誰も読まないから可能なわざともいえますね。要するにアメリカのラボにやってきたけどここで働いている人たちは僕の価値観に照らし合わせてみてどうかということです。まったく個人的な意見です。

僕は人の悪口を言うのは嫌いだ。「うそをつけ!」と思う人もいるかもしれないが、あれはその人の人となりを客観的に評価して非難しているに過ぎない。それを悪口というのだいうかもしれないが・・・。けど他人に正当な評価を下せない人間は自分自身にも正しい評価ができないんじゃないだろうか?だめなものはだめだときちんといえないようではだめなんじゃないだろうか?

ここワシントン大学メディカルスクールは全米でも5本の指に入るメディカルスクールである。なので僕が卒業した某国立大学の生物学科と比べてしまうとどうしようもなく規模がでかい。お金もある。人も多い。なのでそう簡単には比べられん。 遺伝学部だけを取ってみてもとにかく金がある。内装は(トイレも含めて)とても綺麗だし、綺麗な図書室やランチルームもある。週末にはそれぞれのラボから一人ずつセミナーをしてそのあとは必ずミキサーがある。

PIは優秀な人がたくさんいる。ほかのラボが何をしているかきちんと理解している。よそのラボの(自分のラボもか?)ドクターの学生が何をしているかきちんと理解できている。理解しようと勤めている。至極あたりまえのことなんだが・・・。 ではそこで働く、学生やポスドクはどうなんだろうか?次回からはそんなことを少しずつ掘り起こしていこうと思う。 つづく

by hismoriya | 2003-01-13 19:13 | アメリカ生活 | Trackback | Comments(0)

 

ラボで働く人たち(1)

前回の続きとして、同じラボで働くポスドクを例に取りながら「研究者にとって必要なもの」を考えてみたい。

このラボには昨年までポスドクが5人いた。そのうち同じテーマで昨年まで4人のポスドクが働いていた。残りの一人(アメリカ人)はあまりにもテーマが違いすぎる(大規模シーケンスとバイオインフォマティクス)ので僕には評価できないので置いておく。

残りの4人の内訳は、日本人(僕)、フランス人、韓国人、ポーランド人である。

こうやって国籍も違うたくさんのポスドクが同じテーマでやっているところにいると、研究者にもそれぞれ個性があり、その多くは出身国に関連があったりし、それぞれの研究のすすめ方はいろいろだなぁと感じる。その中でやっぱり自分は日本人で、日本人としての研究のすすめ方のあるべき姿とはこうあるべきだというものが少しずつわかりかけてきた気がする。

さて、本題に入る。

まず研究者と名乗る以上第一に必要なものはなんだろうか?それは「実験データを正しく評価できる能力」ではないだろうか?自分の出したデータ、論文に載っているデータ、それらを見てそこから何が導き出されるのか。

たくさんの可能性があってひとつに絞れない場合や、その中のいくつかに気づかない場合もあっていいと思うが、まずは納得できる解釈を導き出したり、他人の論文に乗っているデータの場合は、筆者が言わんとしていることをそのデータから理解すること。

それができないポスドクがいる。

自分の出したデータが、果たして評価に値するものなのかどうなのか見分けられない。コントロールも取れていない汚らしいデータを提示して、CONCLUSIONして良いわけがない。

それについて指摘すると(まずどこを指摘されているかわからないことが多いのだが)、頭に血を上らせて、過剰にエキサイトし議論にならなくなる(これはやっぱりお国柄なのかなと思ったりもする)。ゆっくりとひとつずつ話を進めて結論を出したいのに、さっさと自分の思い込みで結論を出してしまい、議論にならない。

僕が知る限り日本にこんな研究者はいなかった。それは「基礎の基礎」で日本人研究者にはあたりまえのように身についていることだろう。

ただ彼はとても良く働く。成功するまでに多少時間がかかるがボスの言うことを良くきいて粘りづよく繰り返し実験を行い、綺麗なデータを出す。彼がこのラボで動かした系は多い。ただ上にあげたような理由で、現場で働くものとしての頭がないので、とにかくボスの言うように実験を進め、そのせいで「綺麗なネガティブデータ」をたくさん出しているため論文にならない。自分でうまくいきそうな実験とそうでない実験を 区別できないのだ。

つづく

by hismoriya | 2003-01-14 19:12 | アメリカ生活 | Trackback | Comments(0)

 

ラボで働く人たち(2)

この「粘り強く働くこと」これが2つ目に研究者に必要なことだろう。これがまったくないポスドクがいる。

仕事に情熱がないのだ(これもお国柄かもしれない)。彼女が新しく動かした系はほとんどない。ただしとにかくCLEVERだ(つまりうまく振舞うすべを知っている-そのせいか過去の業績はかなりいい)。上にあげたポスドクと違い、同じ研究テーマの中でもよりデータがすんなりと出そうなところを選び独占する(僕はそれで一度彼女ともめたことがある)。論文をじっくりと読みこなし過去のデータから導き出される仮説をきちんとつくりそれに対して非常に少ない実験を行う。

頭がいいので議論には強くああだこうだと理由をつけてハイリスクハイリターンな実験には手を出さない。もしくは「ああ、それならやるつもりだ」といっていつまでもやらない。見かけ上はデータは出ているが非常にゆっくりで、結局こんな働かないやつはラボにはいらんので論文が出る前にこのラボからいなくなった。

ちなみにこのポスドク、ラボセミナーにはかならず遅れてくる(大体30分以上、ひどいときには来ない)。僕はこんな人は初めて見たので、「やっぱりフランス人は私達アジア人には理解できないね。」と韓国人ポスドクに言ったら「それは国籍とかの問題じゃない。人間としての礼儀の問題だ。」といわれた。

ついでに言うと、ボスは遅刻してきてもまったく注意しない。それどころかいつも遅れてくるので、「○○(その人の名前)プール」といって、彼女が何時に来るか賭けが始まるのだ。

もひとつおまけに言うと、彼女はラボセミナーの自分の仕事を発表する当番のときに「今日はしゃべることは何もない。」といって何も発表しなかった。またジャーナル当番の時には「アブストラクトを音読しただけ」ということもあった。僕はアメリカに来たばっかりのころで本当に度肝を抜かれた。「自由の国アメリカではこんなことが許されるの!?」と。結局は「自由の女神を送った国」出身のこのポスドクだけがこんなむちゃくちゃをしていた。

つづく

by hismoriya | 2003-01-15 19:11 | アメリカ生活 | Trackback | Comments(0)

 

ラボで働く人たち(3)

今まで登場しなかった、ポーランド人を取り上げる。彼女は、データを正しく評価できるし、粘り強く働くし、遅刻ももちろんしない。非常にいろんなことを幅広く知っている。人柄もいい。そういう意味では基礎レベルではしっかりしている。ただその次に来るものが足りないと思う。

それは「効率よく仕事をする」ことと「研究のすすめるべき方向を見定める能力」だ。

彼女はとにかくよく働く。朝から晩までずっとベンチでピペットマンを握っている。なのにデータが非常にゆっくりとしか出ない。一度彼女に「仕事の進み具合はどう?」ときいたら「ゆっくりだけどデータは出ているよ。」みたいに言われた。「わかっとるんやないかい!」と突っ込みそうになったが、とにかく細部を大事にしすぎて実験系を複雑にし過ぎる。一回のアッセイに普通のアッセイの数倍の時間をかける。もちろんデータの信頼性は非常に高くなるのだが、今のテーマでそこまでの精度は要求されていないのに...そういうことが良くわかっていないような気がする。

そして後者、とにかく知識がありすぎるからか、興味の対象が広すぎる。あるデータが出たときに良いストーリを生む方向としては当然こういう実験をすべきだというときに、変な方向に進もうとする。

彼女にそういう方向を見る能力がないのか、はたまたそれを許す(個人の研究の方向付けを非常に優先する)ことで新しい研究分野を開くための土壌とするのか、その辺は良くわからない。もしかすると将来とんでもなくどでかい発見をするのはこういう人なのかもしれないと思わないでもない。

うちのラボのポスドクを見ていいて思うのは研究とは本当に個人が個人の能力と興味で進めていくもので、その人の人柄を反映しているなぁと言うことだ。そのなかで日本で教育を受けた研究者達は基礎レベルはとてもしっかりしているが、考え方の方向性は非常に似ている用に感じる。日本人は確実な方向性をうまく見出して、粘りづよく細部に気を使ったことによって見出されるような「繊細な」仕事をしていくことができる。それはとんでもない飛躍を生むようなことはなかなかないかもしれないが「日本人としての」僕にできるのはこういう仕事のすすめ方なんじゃないかと思う。

ただボスレベル・ラボレベルではまた少し事情が違う。それはビッグサイエンスと呼ぶようなもので、日本の弱みはここにあると感じる。これは、もうひとつ上の段階の研究者に必要な能力「コミュニケーション能力と政治力」で、これについてはまたいずれかこうと思う。

<まとめ>
うちのポスドクを見ていて思う「研究者に必要な能力」
  (1)実験データを正しく評価できる
  (2)粘り強く働く
  (3)効率よく仕事をする
  (4)すすめるべき方向を正しく見定める

おわり

by hismoriya | 2003-01-16 19:11 | アメリカ生活 | Trackback | Comments(0)

 

ラボで働く人たち(つけたし)

本当は3で終わろうと思っていたこのシリーズだが、非常にタイムリーな記事を見つけたのでちょっと続けてみる。

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20030112/mng_____tokuho__000.shtml

そのうちリンク切れするだろうからエッセンスだけを取り出すと、時の人・ノーベル化学賞受賞者の田中耕一氏の講演の中で、日本語にしかない「もったいない」という考え方が今回のノーベル賞受賞につながる研究の種になったみたいなことが書いてあって「言語と思考プロセスの関連」のようなことが議論されている。

その中で大事な部分を引用すると

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田中東京工業大学教授は「『言葉は思考』と言い、言語と考え方は密接に結びついている。思考方法にも違いは出てくると思う」とした上で、「私見だが、研究現場では、欧米の思考方法はトップダウン的で、まず大胆な仮説や結論がある。日本はボトムアップで、データを見て組み立てていく、という傾向がある。だから大胆な仮説は、欧米では想像力があるといわれ、日本の方は想像力がないといわれがちだ」。ただ、田中教授は「言葉や思考方法の違いをもって、どちらかに優劣があると結論するのは非論理的だと思う」とも付け加えた。

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ところで話は変わって、昨日までの文章を読み返してみてわかると思うが僕は同僚のポスドクに対してあまり高い評価を持っていない。では、アメリカに来てすごい人に出会っていないのかといわれると、それは違う。

僕が来る前にここにいたポスドクは4年間でMCBクラス以上の論文を8報も書いている。今はよそでPIをやっている(ボスはそのおかげでどでかいグラントを当てて、そのおかげで僕がお給料をもらえている)。また、共同研究をしているセントルイス大学の教授。おそらくまだ40前後と思われるが恐ろしく思考が早く、仕事もとても速い。

彼らに共通してすごいところ、僕にないところは「論文にするのがとてもうまい」ことだ。その速さもさることながら、「そんなのでいいの?」って言うような内容でも、うまいこと論文を肉付けして、うまいことストーリーを作って、いいジャーナルにバンバン論文を載せてくる。

この世界、生き残っていくためには論文の質(いいジャーナルに載せること)と数が勝負なのは間違いないので、そういう風にできたらいいなぁとも思うのだが、でもそれは僕のやり方ではないなぁとも感じ、やっぱりじっくりと渋い仕事をしていきたいなぁと、たぶん悔し紛れでなく思ったりもしている。

こんどこそおわり?

by hismoriya | 2003-01-17 19:10 | アメリカ生活 | Trackback | Comments(0)

 

ラボで働く人たち(まだやる)

もう終わったはずのこのシリーズだが、今日はちょっとした事件があったので。

その事件とは・・・

以前紹介したここで働いていてよそに移ったポスドクが(現在よその大学でPIをやっている)、JBCに新たに論文を出しているのを今日発見した。彼女は論文を書くのが非常にうまいと以前書いた。ついこの前に出たJBCでも「ええ!?そんなんでいいの!?」と僕を驚かせたが、今回はちょっと違った意味で驚きだった。

なんと8月の学会でうちのポスドクが発表したのとほとんど同じデータの連続なのだ。彼女は学会にもきていたのでそのデータを見ていないはずはない。ご丁寧にACKNOWLEDGEMENTSには、「We would like to thank Mark Johnston and the members of his laboratory for sharing data prior to publication」と書いてある。だがそのままのデータを再現して先にパブリッシュするのとデータをシェアするのとはわけが違うと思うのだが・・・。今週のラボセミナーで発表するつもりだけど、ボスはどういうリアクションするだろう。

いやー、このデータをしこしこ出していたうちポスドクには「つうこんのいちげき」だぞ、こりゃ。僕も心せにゃ。

にしてもこういう方法で論文稼ぐことだけはしたくないな。

by Hismoriya | 2003-01-22 23:10 | 研究生活 | Trackback | Comments(0)

 

船頭多くして船山に登る

ポスドクが4人いて、同じテーマで突き進むとさすがに新しいことがいろいろとわかってくる。僕は今までそういうラボにいたことがないのでこの雰囲気はある意味気持ちがよかった。

酵母のラボでこれだけの数のポスドクが仕事を突き進めているラボは日本にはないだろうから、ずいぶんと脳みそ的にはいい環境であるといえよう。ラボ内ではあたりまえになっている、まだ世間の人たちが知らないデータというものもたくさんある。

ただ前にも書いたが、みんなそれぞれに価値観が違って統一性がなく今ひとつまとまりが感じられない。これが日本にいたときには感じなかった違和感だ。同じラボ内の人の間でもデータの解釈に違いがあったり、ある人が出したデータを再現するのに苦労したりする。そしてそれがなかなか分かり合えない。

自分の意見をあくまでも主張しつづける人がいたり、ボスの言うことをいちいち聞いてがんばっている人もいる。今はフランス人、ポーランド人がいなくなって(仕事の遅い学生が一人いるが)、僕と韓国人の二人だけになった。

以前も書いたがポーランド人は、実験の効率は非常に遅いが、問題点をきちんと把握していて(生粋の酵母遺伝学者であるということもあるだろう)いろいろとディスカッションも出来、特に最近はかなり彼女と僕の間で建設的ディスカッションが出来ていて、彼女がいなくなったことは非常に残念だ。

ボスとは建設的ディスカッションは出来るのだが、なにぶんいろんなことを抱えており(今では学部のチェアマンになってしまっている)、そういった時間があまり取れない。

韓国人とディスカッションすると、彼は自分の出したデータ至上主義で、自分の出したデータ以外信じず、問題点を指摘しても理解できない。遺伝学的な話になるとすぐに頭に入ってこない。また話しているうちにエキサイトしてきて、どうもいいディスカッションが出来たという気にならない。彼に問題点を一生懸命教えてあげてんだけど、わかってもらえないという感じだ。非常にいい人ではあるんだけど・・・ハードワーカーで綺麗なデータも出すし・・・。

いなくなっていったフランス人ポスドクは、結局われわれに負の遺産を残していった。再現できないデータの載った、発表できない論文・・・。それを根拠にストーリーを作った僕は結局自分で違う系で再現することになった。しかもそうこうしているうちに、よそに出され、それをほぼ無視した(僕達も見つけてますよー、とイントロに書いた)ら、その人にレビューされて、けちょんけちょんに・・・。

ほんと、「新規な」事を見つけたら、どんなグレードであれ、がんばってさっさと論文にしてしまうってのも大事なことだなぁ。

ところで表題の「船頭多くして船山に登る」だが、まさにうちのラボか?・・・にしても本来はいけない山に船が登れるんだから、すごいことのたとえだと、僕は昔思っていた。

by Hismoriya | 2003-10-28 17:19 | 研究生活 | Trackback | Comments(0)

 

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2008-04-05 (土) 00:00:00