Kintaka R, Makanae K, Moriya H., Cellular growth defects triggered by an overload of protein localization processes., Sci Rep. 2016;6:31774.
タイトル:タンパク質の局在化プロセスの過負荷による細胞増殖の阻害
要旨:細胞内のコンパートメントに局在化するタンパク質の高いレベルでの発現は、局在化プロセスに過負荷をかけるために細胞の機能障害の原因となると考えられる。しかし、局在化の過負荷が体系的に調べられたことはない。本研究で私たちは、出芽酵母細胞内で、局在化シグナルを付加した緑色蛍光タンパク質(GFP)の発現レベルは、毒性を持つとされるミスフォールディングGFPと同程度に制限されていること、局在化GFPの高レベルの発現はそれぞれの局在化プロセスに関連する細胞機能の障害を引き起こすことを示す。私たちはさらに、エクスポーチンCrm1の制限が核外移行シグナルをもつGFPの発現限界を制限していることを示す。小胞輸送シグナルをもつGFPのミスフォールディングは小胞体ストレスを引き起こすが、それは発現量の限界を決める主要な要因ではない。ミトコンドリア局在シグナルを持つGFPの前駆体は細胞機能に障害を及ぼす。最後に、私たちは、局在化プロセスの余剰のキャパシティを評価した。局在化するタンパク質の高レベルの発現はこのように、局在化プロセスのキャパシティに対する過負荷をかけることで細胞増殖を阻害する。
この論文は2016年の8月に発表されました。普通ならすぐにブログに解説記事をアップするのですが、どう書くべきなのかがよくわからない。プレスリリース文では一応書きたいことは書いきました。だが、あれでは言いたいことの2%も言えていない(それは少し大げさか)。色々事情があって、最終的にScientific Reportsという(何でもありの?)オープンアクセス誌に発表したわけですが、実は大変長い時間をかけて、たくさんのデータを出しつつ、徐々に私(たち)の研究の新機軸を作ってきた研究テーマなのです。私たちをまた少し違う場所に連れて行ってくれた仕事なのです。だから、軽い解説記事は書けません。
また研究の裏側もくっついた「長解説」をしなければならない気がしているます。ちょうど、東京行きの新幹線の中(いま新大阪)、あと二時間半ほどあるので、局在化プロセスの過負荷論文の長解説に挑んでみますー結局書き終わらなかったので、続きを別の場所で書きました。
この論文は、実は筆頭著者の学位がかかった論文で、どうしても早々に発表する必要があったのです。どうやったら良いストーリーの論文ができるのか、書き始めてから苦労に苦労を重ねここまでたどり着きました。必死で考えたおかげでいくつもブレークスルーがありました。必死で考えることはとても大事だと改めて思い知ることになる経験でした。
私の記憶が確かならば、この研究は2011年、ある大物論文*1のデータをまとめているときに思いつきました。私は色々と実験のアイデアを産んでいると思うのですが、振り返ってみて、どんなきっかけでそのアイデアを思いついたのか思い出せないことが多いのです。アイデアが生まれた時のことを論理的に説明するのが難しいといったほうが良いかもしれません。
その時、私たちは、「なぜ特定の遺伝子はわずかに過剰にしただけで細胞増殖を阻害するのか?その原理は何か?」という謎に挑んでいました。(今後、わずかに過剰にしただけで細胞増殖を阻害する遺伝子のことを、「量感受性遺伝子」と呼びます。)そして原理の一つとして、その機能に関係なく、タンパク質がたくさん出来すぎる事が原因ではないかと言う考えにたどりつきました。おそらく大腸菌などで組換えタンパク質を大量生産させたことがある研究者ならほとんどが経験したことがあるでしょう。IPTGで組換えタンパク質の発現を誘導すると、大腸菌の増殖速度は非常に遅くなります。これは、その組換えタンパク質の発現のために細胞内のタンパク質合成に関するリソースが独占されてしまい、他の重要なタンパク質が作れなくなるからだと考えられます。そんな、あたり前な気がする現象にもちゃんと名前があり「Protein burdenやProtein cost(タンパク質負荷)」と呼ばれています*2。
タンパク質負荷をきちんと定義すると、「細胞の機能に関係のない(無報酬のー英語ではGratuitous)タンパク質が究極的に大量発現すると、細胞内のタンパク質合成のリソース(主にリボソームとアミノアシルtRNAだと考えられている)を独占・枯渇させ、増殖に必須のタンパク質の合成と競合するために細胞増殖を阻害するという現象」となります。上述のようにタンパク質負荷という現象は古くから知られていましたが、実は具体的にどういうリソースが枯渇しているのかはあまり良くわかっておらず、最近になって再び研究が行われるようになってきました*3。この理由は、細胞をまるごと理解しようとするシステム生物学の背景、あるいは細胞をエンジニアリングして物質生産工場として使おうという背景によるものが多いと私は考えています。
さて、話を戻します。上記で「たどり着いた」という言い方はそれなりに格好いいですが、要するに「一番ありそうな可能性」だということです。ただ、大事なことは、「実際に酵母が持つタンパク質の発現量をわずかに上げていくだけで、タンパク質負荷を起こすことがあるのか?」、ということでした。この証拠を得るためには、酵母の特定の量感受性遺伝子が、タンパク質負荷を引き起こすほどタンパク質を発現させる強さがあることを示す必要があります。「遺伝子の発現の強さ」とは、基本的にはプロモーターの強度で決まっています(実はそれだけではないことがあとから分かってくるわけですが・・・それはいずれ解説することになるでしょう)。
たしかに、酵母の中で最強のプロモーターを持つ遺伝子—例えばTDH3やTEF1などは量感受性遺伝子でした。ですが、これらのタンパク質にはそれぞれちゃんと酵母細胞での解糖系の酵素と翻訳伸長因子としての役割があります。そこで、酵母の中で機能を持たないタンパク質でこれらの遺伝子のタンパク質をコードする領域を置き換えて、おなじ効果が見られるかを調べてみたら良いと考えたのです。
「酵母の中で機能を持たないタンパク質」ってなんだ? 何を使ったら良いんだ? Alan Drummondという研究者が面白い論文を発表していました。折りたたみがうまくいかない(ミスフォールドする)クラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)変異体(GFPm3)を酵母の中で発現させると増殖が悪くなることを発見し、これがタンパク質のミスフォールドが引き起こすコストだと述べていました。その際の比較対象(ネガティブコントロール)として使っていたのは、ちゃんと折りたたまれるGFP。そしてそれのことを、gratuitous protein(無報酬のタンパク質)と呼んでいました。私はその時初めてgratuitousという単語を知りました。と同時に、この論文が頭にあったので、「GFPを使おう!」と即座に思ったのだと思います。
「なぜ発想したのか」は正確には覚えていませんが、発想した瞬間は覚えています。共同研究者の牧野能士さん(東北大学)とメールでやり取りしていたときです。「やってみます」とメールを書いてすぐに取り掛かかりました*4。そして、思った通りの結果が出ました。酵母の強力なプロモーターからGFPを発現する人工遺伝子は、量感受性遺伝子になったのです。無報酬とされるGFPの大量発現が増殖を阻害しました。これはつまりタンパク質負荷であり、酵母の強力なプロモーターは、わずかにコピー数を増やしただけで、タンパク質負荷を引き起こすのです。
この時、もう一つだけ実験をやりました。それは、「細胞内に溜まったGFP、あるいは溜まったGFPがアミノ酸を全部取り込んでしまったことが増殖に悪いのではなく、GFPの合成プロレスへの負荷が増殖を悪くしている」ということを示す実験です。これは私のオリジナルなアイデアではなく、タンパク質負荷の研究では一度行われたことがあります*5。それを知るために、GFPのC末端に分解を誘導する短いアミノ酸配列(デグロン)をつけました(これをGFP−Degと呼ぶ)。すると、ちょっと驚いたことに、発現の限界がGFPよりも下がってしまいました。このことは、GFP-DegはGFPよりも細胞にとってコストがかかることを意味しています。ちょうどGFPm3が折りたたみのコストをかけるように、GFP-Degの過剰発現は分解のコストをかけるのです。
・・・そして、このときに思いました。「GFPを修飾してやって発現量の限界を測れば、その修飾が引き起こす細胞のコストが測れるぞ」と。
その時はっきりと気づいてはいませんでしたが、私たちは重要なものを手に入れていたのです。それは、酵母の増殖が悪くなるほどGFPを大量発現できる実験系です。しかも、強度が違うプロモーターを使うことで、ちょっとだけ増殖が悪くなる発現量から、とても増殖が悪くなる発現量まで幾つものバリエーションも手に入れていました。このGFPを修飾する。そして増殖の悪化度合いを測る。そうすれば、その修飾で細胞がどれくらい困るか(細胞が支払うコスト)がわかるはずです。私が知る限り、そんなもの今まで誰も測っていない(上記のドラモンドの仕事を除いては)。
早速とりかかりました。やろうと思ったことは、「局在化のコスト」を測るということです。
酵母やヒトの細胞は、真核細胞と呼ばれ、細胞内が核や小胞体、ミトコンドリアなどの細胞内小器官(オルガネラ)によって区画化されています。各オルガネラにタンパク質が輸送されるためには、それぞれに特異的な輸送体が用いられます。この輸送体が積み荷のタンパク質を見分けるために、積み荷に存在する短いアミノ酸配列(局在化シグナル)が利用されます。
GFPに様々なシグナル配列をつけてやり、それによってGFPと比べてどれくらい発現限界が下がるか、増殖がどれくらい阻害されるかを測れば、細胞が輸送に使うコストがわかるはずだ。「細胞内輸送のプロセス負荷プロジェクト」の長い旅がスタートした瞬間でした。
今考えれば、このプロジェクトを始めた時、私(たち)は素人でした。GFPについても、細胞内輸送についても、ほとんど何も知りませんでした。単に、「私たちの実験系でコストが測れる!」という単なる興奮で突き進んだのです。素人だったがために、この後たくさんの壁にぶち当たりました。その度に自分たちが如何に無知であるかを知りました。それらは、GFPや細胞内輸送のプロであれば、「知っていて当然」だった可能性があります。思いつきと興奮で研究を始めるのではなく、しっかりと調査をして知識を積み重ね、綿密に計画をねってプロジェクトを始めるべきだったのかもしれません。ですが、知識は時として人から興奮を奪います。「わかった気になってしまう」ことは、研究への強いモティベーションの最大の敵です。若者のもつ力はそこにあると思います。無知だから突っ走れるのです。
いろいろに修飾したGFPを酵母の中で発現させる・・・その際にやるべきことは、分子生物学の基礎、GFPをコードするDNAを操作するということです。私たちはDNAの操作にはとても自信があります。酵母の相同組換えを使った遺伝子クローニング技術を持っているからです。
細胞内の各オルガネラへの局在化シグナルを付加したGFP(局在化GFP)が各種完成し、その発現限界のデータもすぐに得られた。思った通り、局在化GFPの発現限界はGFPよりも低く、「局在化のコストが(世界で初めて)測れた!」と思いました。
私たちが測ったのは、核内・核外・小胞・ミトコンドリア・細胞膜への輸送です。そのために、それぞれNLS・NES・SS・MTS・CCという局在化GFPをつけました。これらの配列の情報をどこから手に入れたか? NLS・NES・CCは私が以前おこなった実験から*6、SSは同僚の専門家の先生から、MTSは大学院時代の後輩が行った実験*7から引用しました。各オルガネラへの局在化シグナルは、タンパク質ごとに異なっていて全く同じものはないと言っていいです。だが、それぞれ配列に特徴があり、アミノ酸配列の並びからシグナル配列がある程度予測できます*8。そうでなければ、輸送体がシグナル配列を認識できないわけだから当たり前なのですが、人間はまだその暗号を完全に解き切っていないのです。・・・あるいはそもそも間違いを前提とした「いい加減な認識」しかしていないという説もあります。
それぞれのシグナル配列には、有名なものから、無名なものまであります。有名なものは、たくさんの研究者が使ってきてその性質が十分に理解されている場合が多い。ですが、「ありとあらゆる局在化シグナルの中でこれがベスト、これだけ調べておけば問題ない」などというものではありません。「みんなが使っているから安心」なだけなのです。一方で、誰も使ったことのない局在化シグナルには、「なんでそれを使ってるの?それは局在化シグナルの性質を代表しているの?」という不安がつきまといます。素人である私たちにはそれがわかりませんでした。・・・というよりちゃんと調査するのが面倒くさかったので、「ま、いっか」、と始めてしまったのです。
それが、あとで良くも悪くもこのプロジェクトに影響しました。初めから不安のない有名な局在化シグナルでスタートすればよかったのかもしれません。あるいは、たくさんの局在化シグナルを調べてみて結論を出すべきだったのかもしれません。「いい加減だ」という誹りは免れませんが、だからこそ発見できたこともたくさんあったと思います。誰もやったことのない実験なのだから、初めから用意周到にという訳にはいかきません。深い茂みを突き進むから学ぶこともあるのだと思いたいです。
さて、この実験からまずわかったことは、ほぼすべての局在化のコストが測れたー局在化GFPの過剰はGFPよりも細胞増殖を強く阻害したーということです。特に、MTS-GFPやNES-GFPは、これまで非常に毒性があると言われていたGFPm3と同じかそれ以上の毒性がありました。
ここまでの背景—新しい着想の実験により局在化のコストが測れたーという事により、いくつかの研究費を頂くことになりました*9。時期尚早ではありましたが、局在化のコストを改善し細胞内でより大量のタンパク質が作れるようになるかもしれないという提案もしました。
しかし実際には、そこからほとんど研究の進展がない長い試行錯誤の期間が始まりました。ただ、目に見える研究成果はこの期間になかったかもしれませんが、その間に私たちはたくさんの知識を手に入れ、徐々に徐々に私たちが見ている現象の本質に近づいていったのだと思います。
この局在化GFPプロジェクトの最も大きな懸念は、「局在化GFPの過剰による毒性が本当に狙った輸送プロセスに対する負荷から生じているのか?」というものでした。局在化に使われるシグナル配列は特徴的な配列です。特にNESのように疎水性アミノ酸が多く含まれる場合、そのアミノ酸のつながり自体が非特異的にペタペタと細胞内の別のタンパク質や膜に張り付いて、それが細胞にとって毒になっているのではないか? これは学会でも聞かれたことがあるし、実験を行っていたKMさんも常に持っていた懸念でした。(私は違うと信じていたのですが・・・)。
最初にやったのはマイクロアレイを使ったトランスクリプトーム解析、そしてそれぞれの局在化GFPの細胞内での局在の観察です。
トランスクリプトーム解析により、局在化GFPの過剰に応答して発現が上がる・下がる遺伝子のリストを取得し、細胞がどのような生理状態にあるのかを予測します。正直、どんなことが起きているかは予測できなかったですが、先に進むためにまずできる解析だと考えられました。
私たちはまず、アジレント社が提供しているマイクロアレイを使いました。それから、ゲノム支援という研究費を頂き、RNAseqでの解析も行いました。トランスクリプトーム解析の主流は現在RNAseqであり、マイクロアレイ解析は解析コストの面でも負けつつありますたが、私たちのケースでは、マイクロアレイ解析の方が遥かによい結果(見たいものが見れた)が得られました。
トランスクリプトーム解析、実はシステムバイオロジーなどということを標榜していながら初めてやりました。ネット上のリソースを見ながら、クラスタリング解析、Gene Ontology解析、などなど・・・。こういうときに出芽酵母(Saccharyomyces cerevisiae)の力を感じます。出芽酵母の遺伝子情報はSGDというデータベースに蓄えられていて、任意の遺伝子リストを手に入れたらここの解析ツールを使って、どんなカテゴリーの遺伝子が有意に多く含まれているか、どんな論文に掲載されいてる遺伝子のリストと有意に一致するか、などを調べてくれます。ただ、現在、「最もよくわかっている細胞」という位置づけの酵母ですら、すべての遺伝子の機能がわかっているわけではなく、例えトランスクリプトーム解析の結果を見て、その全てが解説できるわけではありません。・・・というかほとんど説明できないのです。
トランスクリプトーム解析を見て少し安心したのは、SS-GFPの過剰発現のみで小胞体ストレス遺伝子の発現が上がっていたこと、MTS-GFPの過剰発現のみでミトコンドリアDNAにコードされた遺伝子の発現が下がっていたことです。つまりこれらの局在化GFPの過剰発現は、やはり狙った輸送プロセスを特異的にアタックしている。一方で、一番発現限界が低かったNES-GFPについてはなんの情報も得られませんでした。Pauと呼ばれる一群の遺伝子の発現が上がっていたのですが、それが何を意味するのかわかりません。核外輸送が本当にアタックされているのか、これはずっと悩みのタネでした。
GFPの局在についても、ずっと悩まされました。それぞれの局在化シグナルをつけたGFPの局在が、全然思った通りに行っていないのです。NLS・NES-GFPは細胞質全体にあるし、MTS-GFPもは細胞膜と細胞内での凝集のように見えるし、SS-GFPも細胞内で凝集のようなものを作っている・・・。発現量が高すぎるからかもしれないと、プロモーターを変えて発現を下げてみたりもしたけど、まったくうまくいかない。最終的にこの謎は解けたのですが、それも私たちが素人だったからぶち当たった壁で、だけどそのおかげで発見もありました。
NLS・NES-GFP:
まず、核内・核外の局在化させるには、積み荷の大きさが重要なのでした。核内・核外輸送は、核膜孔という疎水性のバリアがある穴を通して行われます。、バリアには、「排除限界」というものがあり、分子の大きさが小さい場合にはバリアを素通りすることができるのです*10。排除限界は大体60kDa以上。GFPは27kDaですから、スカスカに通ってしまいます。このことを知ったのは、今は日本大学におられる安原徳子さんにある会議でお話を伺ったときです。安原さんは核輸送の専門家でしたので、そのことを「常識」としてご存知でした(逆に常識過ぎて参考文献がどれだかご存じなかった)。というわけで、GFPを三分子つなげた3xGFPを作りました。そうすると、確かに思った通り核内・核外にGFPが濃縮しました。それと同時に、1xGFPの時にはとても毒性の高かったNES-GFPの毒性が下がったのです。これは、1xGFPに比べ3xGFPでは核内に入る速度が遅くなるので、核外輸送のサイクルが遅くなることで毒性が下がると予想しています。
MTS-GFP:こちらはミトコンドリアの局在化を調べるためのゴールドスタンダードと呼ばれるMTS*11を、ミトコンドリア研究の専門家である大阪大学の岡本浩二さんから頂き、それを観察したところからブレークスルーが始まりました。こちらのMTS、これはアカパンカビのATP9というタンパク質がもつMTSで、私たちはMTS2と呼んでいたのですが、これはGFPを非常にうまくミトコンドリアに局在化させました。この後、別の経緯で出芽酵母のAdh3タンパク質の局在化シグナル(MTS3と呼んでいます)も使ってみたのですが、こちらも同じくらいうまくGFPをミトコンドリアに運びました。さらに、MTS2-GFP、MTS3-GFPは、MTS-GFPほど毒性が高くなかったのです。
MTS-GFPから調べてわかった(と思っていた)、「ミトコンドリアへのタンパク質輸送のキャパシティは小さい」という事実は、実は本当ではなく、初期に使ったMTSが持つ変な性質のせいだった、ということになりました。これ、わりと「ナンテコッタイ」な事実なのですが、それにこだわってもしょうがない。ここは、これまでの発見をきちんと「回収」してやる必要があります。MTSがミトコンドリアを傷害することはマイクロアレイ解析から確かだ、だからこいつは特別にたちの悪いMTSだろう、たちの悪いMTSは他にもあるかもしれない。それで、色々と変異を作ってみたり別のタンパク質のMTSを使ってみたりしたのですが、結局原因はわからずじまいでした。
ただここで、これまたどんな発想からたどり着いたのか忘れたのですが、「分解シグナル」が登場します。MTS-GFPのウエスタンブロットによれば、MTS-GFPではミトコンドリアに行っていない前駆体がたくさん溜まっている。これらは細胞質に溜まっている。なんかこれが悪さしているんじゃないか?じゃあこれだけ分解してみよう。上の方でも少し触れましたが、私たちはこれまでの研究で、cODC1デグロンという配列を使っていました。これはプロテアソームというタンパク質分解酵素複合体に直接結合して、その配列を持つタンパク質を分解に導くというものです*12。プロテアソームは、細胞質と核には存在するが、ミトコンドリアや小胞体などのオルガネラの中には存在しません。だから、MTS-GFPにcODC1デグロンをつけてやれば、細胞質の邪魔な前駆体だけが分解できるんじゃないかと考えた(のだと思います)。
結果は非常にクリアーでした。MTS-GFPがきちんとミトコンドリアにあり、ミトコンドリアの構造も崩壊していなかったのです。長年苦しめられたMTS-GFPの局在の謎(の一部?)が解けたのです。MTS-GFPは多分効率があまり良くなくて、漏れる。そしてそれが細胞内の膜構造にくっつくかなんかして(ここは想像)毒性を示す。最近、mPOSとかUPRamという現象が報告されています。これはミトコンドリアから漏れたタンパク質を積極的に分解するメカニズムです*13*14。自然の状態では、私達が発見したように、漏れたタンパク質はすぐに分解されるのでしょう。GFPは大変に安定なタンパク質なので、漏れても分解されない。MTS-GFPの毒性は、GFPをモデルとして使ったことにより起きてしまったアーティファクトだったのです。ですがその謎を追求したことで、細胞質での分解が鍵であるということにたどり着いたのだといえます。
小胞輸送GFP:これはツイッターのタイムラインから情報が得られました。私たちが使っているGFPは、小胞体内ではうまくフォールディングせずにS-S結合で分子どうしが繋がった「潰れた多量体」を作ってしまうことが知られていたのです*15。そして、この文献ではそれを回避する改良型GFP(moxGFP)が報告されていました。これも輸送業界では、「常識」。早速、moxGFPを手に入れて調べたのですが、局在自体はやっぱりうまく行っていない。ただ後述するように、小胞体ストレスには強くなりました。
ここから少し話を変えてGFPの話をします。上述のように、私たちは、酵母の増殖が悪くなるほどGFPを大量発現できる実験系を手に入れたわけですが、その後の何年間で、GFPは他のいろいろなタンパク質の中でも、酵母の中で最も大量に発現できるタンパク質だということが分かってきました。GFPを大量に発現している酵母は、肉眼で見てもとても綺麗なエメラルドグリーンをしています。総タンパク質を電気泳動してみると、GFPのバンドがボコッと見えます。私は酵母でのタンパク質発現でこんな像を見たことがなかったのでとても驚きました。酵母がこんなに異種のタンパク質つくるんだ・・・と。
この論文の中では、総タンパク質におけるおおよそのGFPの発現量も測定しています。蛍光色素で標識したタンパク質を電気泳動で分離し、蛍光イメージアナライザーで測定した蛍光強度からGFPの発現量を測定しています。こういう方法での定量は聞いたことがないのですが、「おおよその定量」であれば間違った方法ではないはずです。そして、それが全タンパク質の約15%であることがわかりました。
現在進行中の別のプロジェクトで色々試してみたのですが、たとえ酵母のタンパク質だとしてもここまで作れるものはそう多くないようです。さらに私たちが使っていたGFPは、酵母の中で大変に発現量が高くなるようにDNAの塩基配列(コドン)も改良された、yeast Enhanced GFP3(yEGFP3)*16と言うもので、これも後でわかったのですが、酵母の中で大量に発現させるために必要な条件でした。
この研究内容を研究会などで発表するとよく言われたのが、「GFPが光る時に活性酸素がでて細胞毒性をしめすので、それがGFPの発現量の限界を決めているのではないか?」と言うものです。これに関しては、蛍光タンパク質の専門家の徳島大学の堀川一樹さんに伺い、発色団中のY(チロシン)をG(グリシン)に変えればよい事を教えていただきました。これもメールが残っていて、2014年の1月8日でした。2014年2月27日の研究室セミナーで、その結果光るものと光らないものに発現限界の差がないことが発表されています。
光るという唯一の機能を失わせられたGFPは、ただの「アミノ酸の塊」なのですが、それはそれでなぜか愛着があるのも確かです。なんか、健気な感じがしませんか?(しませんか・・・)。
というGFPですが、もちろんすべてのタンパク質を代表しているわけではありません。あまり大きくなくて(27kDa)、シャペロン等の助けをかりなくても自分でフォールディングして樽状構造を作り*17、構造をつくるとずっと安定。私はGFPが発表された直後くらいからずっと使っていますが、単に融合タンパク質をつくると細胞内のタンパク質の局在を見られるーそれはそれでとてもすごいことなのですがーだけではない、タンパク質としての魅力があることに最近気づきました。何か特定の分子やタンパク質に愛を注ぐことを、システム生物学をやっている私は潔しとしないし、GFPなどというみんな好きなものを好きということも気に入らないのですが、認めざるを得ない気持ちがあるのも事実です。
どんどん話がそれますが、GFP以外の蛍光タンパク質を使おうとすると、またまったく性質が違って驚くことがあります。たくさんの蛍光タンパク質が日夜開発されていますが、同じように使うことが難しいものも多いです。
話を戻します。細胞の中には様々なタンパク質があって、それらすべての性質が違います。GFPは、当たり前ですがそれらの性質を代表しているわけではありません。ですから、GFPをモデルタンパク質として用いるときにも、それが何を代表できているのかが分かっていなければなりません。・・・とは言え、GFPの特徴だってすべてが分かっているわけではないで、やってみてわかることもあるのも事実です。これが、この研究で私たちが学んだ事でもあります。
上記の局在化観察のところでも書きましたが、GFPの大きさは、積極的な核内・核外輸送のためには小さすぎる。小胞体に入った後にうまくフォールディグされずつぶれた多量体をつくる*18。小胞輸送の際に、輸送される前にフォールディングしてしまい輸送装置を詰まらせる*19・・など。細胞質では最もたくさん発現できるタンパク質でしたが、輸送となるとまったく話が違うんです。いろんなことを起こします。
ですが、これが「分かる」ということだとも思います。つまり、GFPについて色々なことが分かっているからこそ、その次に起きる予想外の事から、私たちは新しい真実を学ぶことができるのです。上記の例は、「なんだGFPだってパーフェクトじゃない。モデルとしては使えない。」じゃなくて、GFPを使ったから見えてきた新しい細胞機能の一側面と言えると思います。GFPは本来酵母が持っているタンパク質ではありません。だからこれを使うというのは、人工的なのです。人工物を使う場合には、その人工物を使ってしまったことによって、生物本来の機能とはまったく関係のないものが見えているのか*20、それとも生物本来の機能の側面が見えているのかを、細心の注意をもって考慮する必要があります。
さて、本題に戻ります。この論文が完成する最終的なきっかけになったのは、「輸送の制限因子」が同定されたことによります。論文の中では、あたかも思考の上から制限因子を思いついて調べてみたように書いてありますが、実はその背景には膨大な実験があり、これはまた別の論文で発表する予定になっています。
制限因子とは、局在化GFPの輸送の際に使われる因子であり、局在化GFPの過剰によって枯渇してその結果の増殖阻害の原因になるような因子のことを想定しています。この制限因子の活性の落ちた変異体では、局在化GFPの発現限界が下がってしまうと予想されます。長年問題だったNES-GFPの場合、NESペプチドに直接結合して輸送をつかさどるエクスポーチンCrm1が制限因子でした。Crm1の温度感受性変異体ではNES-GFPの発現限界が下がり、Crm1を過剰発現した株ではNES-GFPの発現限界が上がりました。これはある意味「想像通り」なのですが、それでもやはりNES-GFPは核外輸送に負荷をかけるのだというちゃんとした証拠となりました。
小胞体ストレス応答に関わる遺伝子の変異体では、SS-GFPの発現限界が下がりました。そして、ミスフォールディングしないSS-moxGFPの発現限界は、小胞体ストレス応答に関わる変異体で野生型と変わりませんでした。つまり、SS-GFPの発現が低い一つの理由は、小胞体でミスフォールディングするからだったのです。ただ、野生型では、SS-moxGFPの発現限界自体は、SS-GFPと変わらないことから、小胞輸送されるGFPの発現限界を規定する本当の制限因子はまだ取得できていないということになります。
というの実験を経て、最後に局在化GFPのタンパク質量をはかり、それぞれの輸送プロセスのキャパシティをタンパク質料として測定しました。その結果、全タンパク質換算で、ミトコンドリアが4%、核外輸送が1%、小胞輸送が0.7%という結果が得られました。もちろんこれは、GFPを用いて調べた結果で、タンパク質の一部を代表しているにすぎませんが、私たちが知る限りはじめて行われた推定です。
最後に、この研究の意義と今後の展開を書いてみたいと思います。この研究は出芽酵母を使った輸送プロセスのキャパシティの調査という、基礎生物学的な側面が強い研究です、ですが、「細胞に(有用)タンパク質をたくさん作らせたい」というのは、産業上よくある要求です。さらに、「(有用)タンパク質を分泌生産させたい」ということもよくあります。このような場合に、「細胞のキャパシティをまず知り、それを決めている制限因子を知った上で、それを制御する」ということが重要になるでしょう。今のところ私たちは、GFP以外の実用的なタンパク質を大量生産してはいませんが、おそらく近い将来そういう要求のお役に立てるのではないかと思っています。
もう一つの方向として、癌のように染色体が過剰になって、タンパク質が過剰発現している細胞の生理的な条件を知るためにも、この研究が利用できると思っています。これについてはまた稿をあらためて書きたいと思います。
さて、この研究ではまだまだやりたいことが残っています。その一つは、「輸送の最大値を探すこと、輸送の最大値を上げること」です。上記でも書きましたが、私たちが使ってきた輸送シグナルは必ずしも「最強」ではない可能性があります。輸送のキャパシティを評価する実験系を私たちは手に入れたので、次は最強を探していく。どんなシグナルを使えば、輸送プロセスに負荷をかけずタンパク質を大量に輸送できるのか?その最大値は何か? 次にその最大値をさらに拡大するにはどうしたら良いのか? 運ばれるタンパク質の性質、細胞の性質、それらを徹底的に調べる。
細胞の限界がどこにあるのかを知りたい。
この研究は、プラスミド設計用のプライマーの発注日から考えて、2012年の2月頃にスタートしたようです。4年半を経てようやく論文になりました。・・・時間かかりすぎ。でもその間何もやっていなかったわけではなく、かなりのエネルギーを注ぎ、私たちは色々なことを学びました。それが今後の研究の展開に活かされるのだと思っています。
毒性:毒性という言葉は、実はあまり使いたくありません。タンパク質の過剰によって引き起こされる細胞増殖の阻害効果のうち、タンパク質負荷や局在プロセスへの負荷は、そのタンパク質の機能が引き起こす細胞状態の異常ではないからです。ですが、便宜上、そのタンパク質の過剰が細胞の増殖を阻害する性質のことを、ここでは毒性と表現することにします。
プロセスーコスト・負荷—キャパシティ(許容量)ー制限因子:これらの概念の間は以下のように説明できます。ある局在化するタンパク質を過剰にした際には、その局在化に関わる輸送プロセスに負荷・コストをかける。その負荷・コストにどれだけ対応できるかは輸送プロセスのキャパシティによって決まっている。輸送プロセスのキャパシティを制限する因子を制限因子と呼ぶ。制限因子を制御することで、輸送プロセスのキャパシティが大きくなり、負荷やコストへの耐性がたかくなることで、局在化タンパク質をより大量に輸送できる可能性がある。
モデルタンパク質:モデルとは、知りたい対象の調べたい特徴を取り出して、その特徴を理解するために用いられるもの。モデルタンパク質は、タンパク質の対象、もしくはそのタンパク質が作用する対象の特徴を理解するために用いられるタンパク質のことをいう。