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出芽酵母におけるDHH1、SSD1ならびにELM1の遺伝的相互作用の解析からこれらの遺伝子が細胞の形態の決定に関与している事が示された。
Moriya H, Isono K., Analysis of genetic interactions between DHH1, SSD1 and ELM1 indicates their involvement in cellular morphology determination in Saccharomyces cerevisiae., Yeast. 1999 Apr;15(6):481-96.


 

日本語の要約
出芽酵母のDHH1は、真核生物の間で高度に保存されたDEADボックス蛋白質をコードしているが、その細胞内での機能はまだよくわかっていない。その機能を調べるために、変異によってDHH1の破壊と合成致死になるような遺伝子の探索を行った。そのような候補としてCDC28, ELM1, SSD1が見つかった。いくつかの観察結果から、Elm1蛋白質は酵母の細胞質分裂で機能していることが示唆された。dhh1Δ elm1Δもしくはssd1-d elm1Δの表現型、すなわち異常な細胞形態と細胞質分裂ならびに有糸分裂の異常、は非常に似かよっていた。それに加えDHH1とSSD1は機能的に、ade2変異による赤い色素の蓄積、SDSへの超感受性、合成培地ならびに高温での生育において相補的な機能関係にあることがわかった。dhh1Δ ssd1-d elm1Δの三重変異は、明らかに細胞壁が脆弱で1Mソルビトールが添加された培地でのみ増殖可能であった。

 

1. なぜこの研究を始めたか?

博士課程に入ったときに私は研究対象を出芽酵母にかえました。どうも大腸菌のいいかげんな生き方が気に入らなかったようです。結局酵母でもRNAヘリカーゼをやることにしました。当時研究室では出芽酵母のゲノム解析も行われていたのですが、当初の気持ちとは裏腹にゲノム解析というものにあまり魅力を感じなかったのは事実です。一つには当時ゲノム解析というのは末端では単なる「作業」の繰り返しであまり科学っぽい楽しさがないという事はありました。今のようにゲノム解析がハイスピードで行えるようになってきて初めてそのデータを楽しむ事ができるのだと思います。

選んだのは、ハエやマウスなどで生殖細胞特異的に発現するRNAヘリカーゼ遺伝子によく似たDHH1という遺伝子でした。遺伝子自体は私がクローンしたものではなく、すでに「機能未知なRNAヘリカーゼ(DEAD-box Helicase Homolog)」として同定されていたものでした。生殖細胞への分化といった現象がRNAの視点から酵母を使って調べられたら面白いなと思ったのです。

 

2. 洗練された遺伝学実験(コロニーセクターアッセイ)との出会い

これをまずhrpAの時に作った実験手法で研究したのですがあまり面白い結果が出ませんでした。なかなかうまくいかない実験をいろいろやっていて、あるとき偶然、合成致死の遺伝子をとる方法(コロニーセクターアッセイ)の論文*1に出くわして、こんな面白い実験はぜひともやってみたいと思いました。「合成致死」とは2つ以上の遺伝子が同時に変異を起こしたときに死ぬような状態を指します。DHH1は必須ではない(壊しても細胞は死なない)ので、DHH1と同時に破壊したら死ぬような遺伝子Aをとり、そのAの機能から逆にDHH1の機能を予測するという考え方です。それをコロニーの赤い色のつき方(セクター)で見分けるのです。これはまさに遺伝学実験の王様-出芽酵母ならではのすばらしい実験系だと思いました。

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コロニーセクターアッセイ。真っ赤なコロニーが欲しい遺伝子が壊れているかもしれない変異体です。他のコロニーは白と赤の「セクター」を作っています。実寸に近い写真です。

実体顕微鏡の下で赤いコロニーを何個も何個も拾い、その変異体で壊れているかもしれない遺伝子をゲノムライブラリーを戻して同定していきます。そのようにしてとった変異体は全部細胞の形状が変でした(それがこの論文のタイトルになりました)。出芽酵母は下の写真にあるように通常は丸いのですがそれが長細くなっていたりしたのです。

形に関わる遺伝子がDHH1と合成致死になる原因はどうやらDHH1では細胞壁が弱くなっていることによるようでした。なぜRNAヘリカーゼ遺伝子のDHH1が壊れて細胞壁が弱くなるのかということは、この実験ではわかりません。これが遺伝学の難しいところです*2。後でわかったこと*3から考えて、DHH1がこわれると一般的に遺伝子発現がかき乱されてしまい、それが顕著に現れるのが細胞壁の構成だということになりそうです。

 

3. クラゲの遺伝子で酵母を光らせる

次に私は当時知られ始めていたクラゲの緑色蛍光蛋白質(GFP)を使ってみることにしました。この蛋白質と融合させた目的の蛋白質を細胞内で発現させると、その目的蛋白質が細胞内のどこに存在するかがわかるというものです。そこでDhh1蛋白質や合成致死のスクリーニングでとれてきた蛋白質リン酸化酵素Elm1蛋白質をGFPと融合させて細胞内で発現させて細胞内のどこに局在するかを調べました。

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GFPで観察したElm1の局在。細胞のくびれ(将来分裂する部分)に輪っかのように存在しています。

これに加えていくつかの実験でわかったのはELM1は細胞の分裂に関係しそうだということでした。この蛍光蛋白質はその後の私のほとんどの研究で使われる事になりました。

 

4. まとめなければならなかった論文

いずれにせよここまでで「いろんな手法を使って取り組んでデータらしきものは出たが、いまだにRNAヘリカーゼDHH1の機能はよくわからないまま」という状態になりました。しかし私も博士の学位がかかっていましたし「なんとか論文にしなければ」ということで書き上げたのがこの論文です(この論文の内容プラスアルファが私の博士論文となりました)。この論文は私が自力でほとんどかきました(もちろん教授にしっかり直していただきましたが)*4。一度リジェクトになり別の雑誌に投稿して、一度リバイスして掲載されました。

 

5. DHH1研究のその後

DHH1の機能については2003年頃に大きな進展がありました(文献2など)。細胞内でP-bodyとよばれるRNAを分解するための工場のようなものがあって、そこでDhh1pが、絡み合っているRNAをほどいてRNAの分解を助けるのだろうと思われています。

私も当時RNAの分解に関する実験を多少自分の手でやりましたが、何も発見できませんでした。また当時Dhh1-GFPを使って細胞内の分解工場をにあたる大きな点を観察していたのですが、これの解釈が私にはわからずそのままにしておいたのでした。これも今思えば、論文に入れてしまってもよかったのでしょうが、当時は私の観察しているものが真実なのか人工的なものなのかという自信がありませんでした*5

 

6.学位をとった後の選択

学位論文を書き始めたころ、私は次の行き先が決まっていませんでした。学術振興会のポスドクには採用されませんでしたが、磯野教授は研究室にしばらく残ってもよいとおっしゃってくださいました。しかし、私は磯野研究室以外の研究室で自分がどれくらいやれるのか試してみたかったのです。

実は日本国内にDHH1を研究しているグループがもう一つありました。それが縁で12月の学会のときに三菱化学生命科学研究所の酒井明氏にポスドクのお誘いをいただきました。

 

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2013-05-31 (金) 16:11:36

*1 文献1 pubmed:01996092
*2 この研究を三菱化学生命科学研究所のポスドク採用の面接で発表したとき、永井克孝所長(当時)から「遺伝学は点で、生化学は線だ。」といわれました(要するにつながってなくてよくわからんと言うことだと思います)。「私としては、遺伝学でねらいをつけて、生化学でとどめをさしたかったが、残念ながらそこまでたどり着けなかった。」とその時答えたのをおぼえています。ちなみにこの後の2つの仕事については線で結ぶところまで行けたと思っています。
*3 文献2 pubmed:12730603など
*4 教授には私が研究室に在籍している間にたくさんのことを与えていただきましたが、博士課程のこの仕事は研究室のテーマとは無関係に私が自分の手(と頭)でやった仕事です。たいした内容の論文ではありませんが、今にして思えば一人でよくここまでやったと思います。「科学的成果」という意味では価値の低いものかもしれませんが、自分でいろいろと試行錯誤した経験は後に非常に役に立っていると思います。
*5 同じものを観察しても、ちゃんとした目を持っていなければ良い仕事はできないという事をあらわしていると思います。つまり当時の私には“セレンディピティ”がなかったということでしょう。今あるとも言いませんが。