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大腸菌のterC領域にある、出芽酵母のDEAHファミリーRNAヘリカーゼと非常に相同性の高いhrpA遺伝子のクローニングと同定

Moriya H, Kasai H, Isono K., Cloning and characterization of the hrpA gene in the terC region of Escherichia coli that is highly similar to the DEAH family RNA helicase genes of Saccharomyces cerevisiae., Nucleic Acids Res. 1995 Feb 25;23(4):595-8.


 

日本語の要約
ラムダファージの整列クローンバンクをもちいた、大腸菌K-12株のシステマティックなヌクレオチド配列解析の過程で、私たちは出芽酵母のPRP2, PRP16, PRP22と非常に相同性の高いhrpAと名づけた遺伝子を発見した。酵母のこれらの遺伝子の産物は、mRNAスプライシングに関わることで知られており、DEAHファミリーと呼ばれる一群の蛋白質である。hrpAは原核生物で初めて発見されたDEAHファミリーの遺伝子である。この蛋白質のN末端領域は RNAヘリカーゼに保存された配列を持っている。蛋白質の分子量は146kDaである。以前Moirらによって、大腸菌ゲノムのこの領域から135kDa の蛋白質が発現していることが発見されているが、これがhrpAであると考えられる。hrpAのC末端領域には大腸菌のリボソーム蛋白質S1と弱い相同性のあるRNA結合領域が見られる。破壊実験によりhrpAは大腸菌の生育に必須でないことが示唆された。

 

1. 私はなぜこの研究を始めたか?

1992年当時、アメリカと日本国内のいくつかの研究室が共同で、大腸菌のゲノムDNAの塩基配列決定を行っていました。大腸菌は当時そのゲノムの塩基配列が最もよくわかっている生物で、すべての生物の中でゲノムの全塩基配列が最も早く決まる生物であると期待されていました。ちなみに大腸菌は、結果としてはインフルエンザ菌*1や真核生物の出芽酵母*2などに先を越されてしまいました(大腸菌の全ゲノム塩基配列は1997年に発表されました)*3。「生命の基本原理(いきているとはどういうことか?)」が知りたいと思っていた私は「生き物の設計図を手に入れる」というゲノム解析の理念にひかれ、ゲノム解析を行っている磯野克己教授の研究室を選びました。この研究室は世界的共同作業の一貫として、大腸菌ゲノムの複製終末点付近の領域(terC領域)の塩基配列決定を分担していました。単純に塩基配列を読むのではなくて、大規模に読むにはどのような手法がよいのかといった技術の開発も含まれていました。私ははじめ4年生でそのゲノム解析の手伝いをさせてもらっていました。

 

2. 大腸菌のゲノムにスプライシング因子が見つかった!?

私たちが塩基配列の決定をすすめていると、terC領域に出芽酵母などでRNAスプライシングに関与することが知られているRNAヘリカーゼ(RNAを巻き戻す酵素)とホモロジーが非常に高い(そっくりな)遺伝子が見つかったのです。私たちはこの遺伝子をhrpA(DEAHfamily RNA Helicase like Protein A)と名付けました*4

「ゲノムの塩基配列を解読すれば新しい遺伝子をみつけることができる。しかもこれは大腸菌には存在していないとされるRNAスプライシング(もしくはそれによく似た現象)が、大腸菌にも存在していることを示唆しているのかもしれない!」これがある意味(当時の)ゲノム解析の醍醐味だったと思います。宝探し的要素としては楽しいものではあります*5

 

3. hrpAを壊しても大腸菌に変化なし

さて、まずこのような方法で遺伝子(と思われるもの)を見つけたらまずそれがちゃんと細胞の中で働いているかを確かめなければなりません。そのときにとられる方法は「遺伝子破壊」です。私たちは相同組み替えという方法でhrpA遺伝子を別の遺伝子と置き換えることでhrpAを破壊しました。しかし、調べた限り大腸菌の様子は遺伝子を壊していない大腸菌(野生型)と何ら変化がありませんでした。

この論文は「ゲノム解析の途中で大腸菌ゲノムにRNAヘリカーゼ(様)遺伝子が見つかりました(その塩基配列を決めました)。その遺伝子は大腸菌の生育に必須ではありませんでした」という内容です。今ならこんなのを論文にするのはほとんど不可能です。ただ当時は、面白そうな遺伝子が見つかったのに全ゲノムが決まるまで発表を控えていたせいで、別のグループに先に発表されてプライオリティーをとられてしまうという例がありましたので、先を越される前にということで論文発表をしました。

ちなみにこの論文はほとんど教授が書いたように記憶しています。リバイスもありましたが割とすんなり掲載にこぎつけたと記憶しています。教授は「論文を出すのは大変だろ?」と私にいったので、私は一応「はあ。」と答えましたが内心よくわかっていませんでした*6

 

4. この論文の後

壊したときに何も変化が起きない場合にはその遺伝子が何をやっているのか、なかなかわからないものです。大腸菌にとって必要ない遺伝子をそんなに一生懸命調べる必要があるのか?という疑問もあるでしょうが、「もしかしたら今まで大腸菌にはないと思われていたRNAスプライシングのような面白い生命現象が見つかるかもしれない。」という大きな期待をもってこのあと私はhrpAの機能を見つけるべく3年間を費やしました。

今考えると新しい手法をつかってかなり面白い事のしっぽを捕まえていたと思います。実際この当時私が思いつきでやった実験と同じ原理のものが数年後に「クロマチンIP法」として登場し、現在は非常に強力な手法として認知されています。ただ、この内容は学会では発表し修士論文にまとめましたが、未だに学術論文になっていません(一度投稿しましたが不採用になりました)。当時の私にこれを学術論文にするだけの力量が十分ではなかったと(今にしては)思えます。

この後この遺伝子について私以外には誰も研究せず現在に至っているとおもっていたのですが、今調べてみたら2004年に論文が出ていました*7当時私が発見していたことによく関連した内容だと思います。無理してでも発表していれば何か良いことがあったかもしれません。研究をして論文発表をしないのは罪ですね。

2008.1.28追記:2007.10になくなられたノーベル賞受賞者のコーンバーグ氏が研究していたポリリン酸合成酵素と私の未発表の発見は深く関係していました。彼が亡くなってしまった今となっては、このポリリン酸の仕事もこれ以上発展することはないのかもしれません。参考ブログ

 

5. そして大腸菌から酵母に

私はhrpAの研究を通じてだんだんと大腸菌への興味を失っていきました。私は「生命の基本原理は最も原始的な細胞であるバクテリアで調べるべきだ」と思っていたのですが、とても当時の技術(今でも)ではそこまでたどり着けそうにありませんでした。さらに

  • 分子遺伝学実験の精密な実験が意外にやりにくい ー遺伝子破壊などのゲノム操作やプラスミドの扱い易さは出芽酵母の方が遥かに上
  • 細胞システム自体がかなり揺らぎに強い ー変化することで生き延びる戦略のせいと私は考えています
  • ヒトとの共通点の少ないバクテリアは「モデル生物」としてほとんど相手にされなくなっていた

そんな理由で、私は博士課程に進学するときに研究対象生物を当時磯野研究室で使われていたもう一つのモデル生物の出芽酵母にかえました。

ちなみにゲノム塩基配列決定の後、大腸菌はゲノム解析で出芽酵母に大きな差をつけられ、急速にモデル生物としての価値をなくしていったように思います*8。ここで大事な事は「大腸菌のすべてがわかったから」ではなく、「大腸菌の研究者がいなくなった」もしくは「大腸菌の研究に研究費がつかなくなった」から大腸菌の研究はしぼんでしまったのです。私は博士課程以来、現在も酵母を対象生物として研究を続けていますが、このときの経験から「酵母をいつか終わってしまうのではないか?」というおそれを常に持っています。

その結論はまだ出ていませんが、私自身が研究者として生きていくためには、

  • 私自身が酵母研究を終わらせない(酵母を用いて常に魅力ある研究を発表し続ける)
  • 終わりを敏感に感じて次の対象に移る

ことが必要だと考えています。今のところ(1)であるように努力してるつもりです。

 

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2008-08-12 (火) 00:00:00

*1 Fleischmann RD, Adams MD, White O, Clayton RA, Kirkness EF, Kerlavage AR, Bult CJ, Tomb JF, Dougherty BA, Merrick JM., Whole-genome random sequencing and assembly of Haemophilus influenzae Rd., Science. 1995 Jul 28;269(5223):496-512.
*2 Johnston M, Hillier L, Riles L, Albermann K, André B, Ansorge W, Benes V, Brückner M, Delius H, Dubois E, Düsterhöft A, Entian KD, Floeth M, Goffeau A, Hebling U, Heumann K, Heuss-Neitzel D, Hilbert H, Hilger F, Kleine K, Kötter P, Louis EJ, Messenguy F, Mewes HW, Hoheisel JD., The nucleotide sequence of Saccharomyces cerevisiae chromosome XII., Nature. 1997 May 29;387(6632 Suppl):87-90.
*3 現在のようなシステマティックなゲノム解析のスキームが確立される以前に先行的に始まったプロジェクトであったことが、かえって最終的な全ゲノムの決定を遅らせた原因になってしまったのだろうと思います。
*4 遺伝子に名前をつけられることは名誉なことなのかもしれませんが、機能がわからない遺伝子をゲノム上にただ見つけただけで名前をつけたので、私としてはさほど感慨はありませんでした。また、大腸菌や酵母では名前をつけるときに決まりがあり、このような無味乾燥な名前になってしまうのも1つの要因かもしれません。いずれにせよ今までのところ「遺伝子に名前をつけたい!」という衝動はありません。酵母ですら6000近くある遺伝子の1個1個にそんなにこだわる必要がないという考え方があるからだと思います。
*5 ちなみに当時は「ゲノムの塩基配列を読むことに意味があるのか?」と考えている研究者も少なからずいました。何らかの生命現象があってそれに付随する分子(遺伝子)の働きを明らかにするのが生物学であって、先に「ゲノムを読んでしまってから生命がポテンシャルに持っている機能を類推する」という発想が受け入れられないところがあったのでしょう。もちろん「ポストゲノム」と呼ばれるほどのパラダイムシフトを起こしたその後のゲノム解析の成果に疑問を持っている生物学者は今となっていはいないと思いますが。同じようなことは現在のシステムバイオロジーにも当てはまりそうです。
*6 もちろんその後は「論文を出すことの大変さ」を嫌というほど感じています。
*7 Koo JT, Choe J, Moseley SL., HrpA, a DEAH-box RNA helicase, is involved in mRNA processing of a fimbrial operon in Escherichia coli., Mol Microbiol. 2004 Jun;52(6):1813-26.
*8 近年「システムバイオロジー」や「シンセティックバイオロジー」で大腸菌が再び注目され、非常に面白い成果がいくつか報告されました。ただこれでまた大腸菌がモデル生物として勃興するかというとそれは少し懐疑的にならざるを得ません。