DYRKファミリーの蛋白質リン酸化酵素Yak1は、グルコース信号に応答して核に移行しPop2をリン酸化する
Moriya H, Shimizu-Yoshida Y, Omori A, Iwashita S, Katoh M, Sakai A., Yak1p, a DYRK family kinase, translocates to the nucleus and phosphorylates yeast Pop2p in response to a glucose signal., Genes Dev. 2001 May 15;15(10):1217-28.


 

出芽酵母のPop2は、多くの遺伝子の転写を制御する蛋白質複合体の構成要素である。私たちはPop2の97番目のスレオニン(Thr97)がグルコース条件により迅速なリン酸化制御を受けることを見いだした。このリン酸化制御はグルコースのリン酸化に依存していた。私たちはPop2のThr97をリン酸化する酵素を精製し、DYRKファミリーのYak1キナーゼを同定した。yak1破壊株ではPop2のリン酸化はほぼ消失した。Yak1自身もグルコースに迅速に応答し、核と細胞質をシャトルした。これにはグルコース依存的な14-3-3蛋白質との相互作用が関わっているらしい。Pop2のThr97のリン酸化は細胞周期G1期の停止に必要で、Thr97をアラニンに置換すると酵母がグルコース欠乏時に過剰な増殖を見せる。以上のように、Yak1とPop2は酵母において、グルコースに応答して増殖を制御する、新規なグルコース感知システムを構成している。

 

1. なぜこの研究を始めたか?

三菱化学生命科学研究所(通称L研)の酒井明氏はPOP2という遺伝子を研究されていたのですが、それに相互作用する遺伝子としてDHH1をやっておられました。私はこれが縁となって、L研の酒井氏の研究室(当時プロジェクト11と呼ばれていました)でポスドクをやることになりました。

ここでのテーマは「Pop2蛋白質がグルコースのある/なしに影響を受けて迅速にリン酸化の制御を受けることがわかっており、そのリン酸化/脱リン酸化を行う酵素を同定する」というかなり具体的なものでした。私はこれまで「機能のわからない遺伝子の機能をみつける」というあまり具体性のないテーマで研究を行っていましたので、このようなゴールのはっきりしたテーマをやるのは自分を試す良い機会だと思いました。

また、このプロジェクトでは「動物も使う」ということで、私も酵母だけではダメだと思っていたところだったのでちょうど良い機会だと思いました(ただ結果として私はここでの3年で動物実験はほとんどやりませんでしたが)。

 

2. 一年かけて蛋白質リン酸化酵素を精製

私が研究に参加したとき、すでにPop2の97番目のセリン残基がグルコース条件に反応してリン酸化されることがわかっていました。そこでそのセリンをリン酸化する活性を指標にして、酵母の細胞の抽出液から目的のリン酸化酵素(キナーゼ)だけを取り出してそのアミノ酸配列を決めるのが私の最初の目的となります。

まず酵母の細胞をジューサーのような機械(ビーズビーター)で砕き、その絞り汁(細胞抽出液)と基質のペプチドを混ぜ、放射能を持つリン酸を基質ペプチドに結合させる活性(リン酸化活性)を検出しました。酵母の抽出液には数千種類の蛋白質が含まれています。この中の1つが目的のキナーゼです。それぞれの蛋白質は少しずつ性質が違うので、これをいろいろな種類のカラムクロマトグラフィーで少しずつ分けていきます(ふるいにかけてゴミをのぞいていく感じです)。

目的のキナーゼがどのカラムでどの分画に分かれるかは試行錯誤によってしかわかりません。なんどもなんどもカラムにかけては分画し、それぞれの分画の活性を測ります。その都度だんだんと活性が濃縮されていくのです。力仕事ではありますが一歩ずつ目的に近づいている感じのするこの実験も結構楽しいものでした。

結局約一年の試行錯誤の末、6種類のカラムクロマトグラフィーを組み合わせることで、ついにリン酸化の活性と挙動をともにする一つの蛋白質を精製することができました(下図左)。 このキナーゼがきちんと精製されていることをを示す、ゲル電気泳動上での一本のバンド(下図右)を見たときの喜びはかなりのものでした*1

kinase_column.png kinase_gel.png

 

3. 精製されたのはYak1キナーゼだった

精製された蛋白質は、エドマン分解法によるアミノ酸配列解析に十分な量がありました。解析のエキスパートの大森氏*2にお願いして解析してもらうと、Yak1と呼ばれる蛋白質リン酸化酵素のアミノ酸配列が出てきました*3

そして、YAK1の遺伝子を破壊すると確かにPop2蛋白質がリン酸化されなくなることや、Yak1蛋白質がグルコース刺激によって核と細胞質を行き来することなどを見つけました。また、Pop2のリン酸化制御はグルコースがなくなったときに細胞増殖を適切に制御するために必要であるということも明らかにしました。

 

4. きれいなストーリーが完成。論文に

この論文は、実は当初2つの別々の論文になるはずでした。一つ目はPop2のリン酸化とその役割についての話で、私が酒井研究室に来る前に既にある程度決着がついている部分でした。この部分もかなり高度な実験を緻密に行っており研究の質は高いものでした。もう一つは、私が行ったYak1によるPop2のリン酸化の話です。私の仕事は当然前半の仕事に乗っかっていますので、これを追い越して論文発表することは出来ません。実はこの前半の部分の論文がなかなか通らず、私はかなりやきもきしました。

結局2つ研究内容を合わせて1つにした論文を投稿することになりました。その結果、ストーリーも非常にきれいで中身の詰まった論文となったと思います。この論文は小さな修正をして割とすんなりと掲載にこぎ着けました。この論文の大半は私が書きましたが、著者の数を見てもわかるようにいろいろな方の協力を得て完成した論文で、私がこの仕事の筆頭著者になれたことは大変ありがたいことだと思います。

ちなみにこの論文を書き終えた後、全く別の方法でPop2の脱リン酸化酵素(フォスファターゼ)の同定にもチャレンジしました。良いところまでいったのですが、まとめるには至りませんでした。

Yak1-Pop2.png
 

5. この論文に足らなかったもの -「POP2ブレイク」

当時のこの研究で決定的に欠けていた知識は「Pop2が何をしているのかはっきりしていない蛋白質」であることでした。この論文が発表された同じ年、POP2のポリA分解酵素としての大変興味深い機能が発見され、POP2の研究が大きくブレイクしました*4。POP2ブレイクとこの論文の研究内容をうまくつなげられれていれば、さらに学術的意味の高い仕事に出来たかもしれません*5

 

6. この研究のその後、私のその後

私がポスドクの任期を終えてL研を去るときに酒井氏は管理職になられて、L研でYak1-Pop2の仕事を引き継ぐ人はいなくなりました。この論文の研究内容自体は悪くなかったと思いますが、時代の流れとして(少なくともL研では)酵母の研究は全く相手にされなくなっていました。この経験により私はいつも「酵母研究に未来はあるのか?・・・つまり酵母研究者としての私に未来はあるのか?」考えされられることになりました。

酵母を捨てるべきか、酵母とともに進むべきか悩みましたが、ここまで来たのだからもう少し酵母をやってやろうと考えました。私は次のステップとして自分は海外留学すべきだと思っていました*6。そして酵母の研究室ならば私を受け入れてもらえるだろう。それならば酵母研究の本場アメリカで、酵母の研究の中心にいる人の研究室で、これから酵母研究はどうなっていくのかを見て来てやろうと思ったのです。

私は酵母のグルコース感知とゲノム解析でアメリカの酵母研究の中心にいるワシントン大学医学部のMark Johnston教授に、「ポスドクを募集していないか?」とメイルを書き、学会に行くついでに彼と面接を行い、そして何とか採用してもらうことが出来ました*7

 

7. この論文に関連する出版物

三菱化学生命研の機関誌に載った解説 「細胞はご飯を食べた事をどうやって知るのか?」

 

8. おまけ

私がL研を去るときにちょうどプロジェクト11(酒井プロジェクト)が終了だったために、プロジェクトの成果報告会がありました。その時のプレゼンで使った漫画を紹介します。

(1)Pop2をリン酸化する酵素(キナーゼ)は何か?

pop2-1.png → pop2-2.png → pop2-3.png

(2)Pop2の生理機能は何か?

pop2t-1.png → pop2t-2.png

(3)Yak1はグルコースによってどう制御されるのか?

yak1-1.png → yak1-2.png

(4)Pop2を脱リン酸化する酵素(フォスファターゼ)は何か?

ppt-1.png → ppt-2.png

ちなみにこの漫画を使ったプレゼン中、聴衆は誰一人としてくすりともしませんでした。

 

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2015-05-21 (木) 18:00:00

*1 結果としてキナーゼの精製に成功しましたがこのような実験は全くの試行錯誤なのでバクチ的要素が非常に高いと言えます(だからこそ達成感は大きいですが)。学生実習でしかカラムクロマトグラフィーをやったことがなかった私は、ボスにこのテーマを与えられたときにもあまり先入観を持たず1つ1つのステップを楽しみながら出来たことが、これをやり遂げられた理由の1つだと思います。
*2 当時この方がL研にいらしたおかげでアミノ酸配列が決まったと言ってもいいと思います。
*3 Yak1の名前の由来は、Yet (Yeast) Another Kinaseの略です。このキナーゼが発見された当時は、プロテインキナーゼAしかないと思われていたのが「他にもキナーゼがありました」という意味でこの名前がつけられたという噂です。今酵母には120程度のプロテインキナーゼがあることがわかっています。今となっては全く意味のない名前といえます。
*4 Tucker M, Valencia-Sanchez MA, Staples RR, Chen J, Denis CL, Parker R., The transcription factor associated Ccr4 and Caf1 proteins are components of the major cytoplasmic mRNA deadenylase in Saccharomyces cerevisiae., Cell. 2001 Feb 9;104(3):377-86.
*5 POP2は、__P__GK __O__ver __P__roductionの略です。当時は、転写制御に関わる巨大な複合体の構成成分の1つとされていましたが、後にこれはポリA -RNA分解酵素の複合体だったと言うことになりました。私たちは間違った情報に振り回されていたことになります。あるいは論文発表前にPOP2ブレイクの情報をいち早く入手することが出来ていれば、状況も少し変わっていたでしょう。研究は情報戦でもあるということです。
*6 研究者が海外留学する理由はいくつかあると思います(私にとって一番大きかったのは、英語のコミュニケーション能力の向上でした)。しかしいずれにせよ私たちは研究をやっているおかげで海外でお金をもらいながら生活することが出来るのです。その「特権」を使わない手はないでしょう。
*7 面接した学会会場は、シアトルにあるワシントン大学(Univ. of Washington)でした。私はMarkもてっきりUniv. of Washingtonだと思っていたのですが、実はセントルイスにあるWashington Univ.(日本語ではワシントン大学)だとわかって少しショックを受けました(セントルイスはシアトルと違って日本からはかなり遠いので)。