生物と無生物のちがい

とある本でその筆者が主張しています。「(著者の「虎の子の遺伝子」をノックアウトした(壊した)マウスの細胞が)あらゆる意味で、全く正常そのものだった。ー中略ー(生命の)動的な平衡が持つ、やわらかな適応力となめらかな復元力の大きさにこそ驚嘆すべきなのだ。」*1

あきらかに細胞内で機能を果たしている遺伝子を壊したのに、細胞が正常そのものだったことは、驚嘆すべき生物の特性なのでしょうか? 人が作るシステム(たとえば機械)では「部品を取り除いても全く正常そのものである」ことはあり得ないのでしょうか?

彼の虎の子の遺伝子が、マウスの染色体上にありこれまでずっと受け継がれてきたものであること、細胞の中で蛋白質として発現し機能を果たしていること、にもかかわらず壊しても細胞が全く正常であること、からもっとも導き出しやすい答えは、「この遺伝子の肩代わり(バックアップ)をする遺伝子が他にある」ということです*2

「バックアップ」を正確に定義するとこうなると思います:ある機能を担っている機構(メイン機構)があって、それが破綻したときに、メインの機能が修復するまでの間、システム全体が破綻しないようにメインの機能を代わりに果たすもの。

ここで重要なことは、バックアップに意味があるのは、そのシステムが全体として破綻してはならないものであり、(メインの)修復が期待できる事例に限られるということです。

人が作るシステムで、これにあたる一番身近な例は旅客機です。旅客機のシステムの破綻は墜落を意味します。これは絶対に避けなければなりません。飛行中に何らかの障害が発生しても、安全に着陸さえできれば部品の修復は可能です。

旅客機の設計にはこのような基本理念がありますから、バックアップとなるような機構が随所に組み込まれています。これらはメインの機構が破損しても、一見「全く正常な飛行」を続けさせてくれます。

「虎の子の遺伝子」をノックアウトしても細胞が全く正常だという事実は、生物だけが持つ驚嘆すべき特性ではないのです。

ちなみに生物の遺伝子の場合にメインの修復の機会はいつ訪れるのでしょうか?残念ながら染色体上の遺伝子が完全に壊れている場合、通常その個体自身にはその修復のチャンスはありません。しかし、その子孫に遺伝子が受け継がれるときに、反対の性をもったパートナーの細胞から壊れていない遺伝子を受け取り、またメインの機構を復活させる事ができるのです。

 
2008-11-10 (月) 00:00:00

研究


*1 この「やわらかな適応力となめらかな復元力の大きさ」こそが「生命のロバストネス」です。
*2 完全に同じ機能をもつ遺伝子どうしは進化的に保存されにくいと言われています。これについては別のところで議論したいと思います