私にとっての「システムバイオロジー」

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私(守屋)にとっての「システムバイオロジー」

一般的なシステムバイオロジーの概念とは?のページでも述べたように、システムバイオロジーは非常に広い概念の学問で、それぞれの研究者の持つ考えは異なります*1。そこで次に私にとってシステムバイオロジーとはどのようなものか解説したいと思います。

分子遺伝学研究の流れ

私がシステムバイオロジーを始める前にたずさわっていた(酵母の)分子遺伝学の世界では、生命現象(例えば細胞の外側のグルコース濃度によって遺伝子発現をコントロールするような現象)は以下のような流れで研究が行われてきました。

  1. 目的の生命現象に異常が生じた突然変異体を多数取得し、その現象に携わる遺伝子群を網羅的に取得する。
  2. それらの遺伝子群の遺伝学的な相互関係(エピスタシス)を明らかにする。
  3. それぞれの遺伝子の機能(通常はその遺伝子が作る蛋白質の機能)を明らかにする(多くの場合生化学が使われる)。
  4. それと並行して蛋白質どうしの物理的な相互作用(結合するかどうか)を調べる。
  5. これらの研究を統合していくと最終的にはその生命現象が、それを引き起こすための各要素(遺伝子・蛋白質)の時間的・空間的活動(触媒反応、移動、相互作用の変化など)として記述される。

通常、この記述は研究者たちが想像する細胞像を模した「モデル」といわれるものとして描かれ、それが別々の研究者間の実験結果ならび細胞感(イメージ)にあっている場合受け入れられます。例えば私が作ったグルコース感知機構のモデル図やアニメーション(下図)はその例です。もちろんこのモデルができたからといって研究は終わるわけではなく、答えの出されていない様々な疑問についてその答えを見つけるために実験は繰り返されます。

グルコース感知機構のモデル図

yak1-pop2.png

グルコース感知機構のFLASHアニメーション(音が出るので注意)

#flash(http://tenure5.vbl.okayama-u.ac.jp/~hisaom/HMwiki/media/glucose_indction.swf,width=500,height=300)

細胞を機械にたとえると?

さてここで、細胞を中身のわからない機械にたとえると、上述の部分はこうなります。

  1. 機械をばらばらにして部品を列挙する
  2. それぞれの部品の機能を明らかにする
  3. 部品同士のつながりを調べる
  4. 部品がどんな風につながっていてどんな機能をもっているから、この機械はこう動くと記述する(設計図を作る)。

この次にくる「5」として何が考えられるでしょうか?「その記述(設計図)をもとにもう一度機械を新しく作り、予想されたように動くか確かめる。」つまり、再構築するというのが自然な流れではないかと考えます。作れないようでは本当にわかったとは言えません。

同じように細胞の研究でも再構築するということが次の研究の流れとしてくるはずです。ではこの再構築はどのように行われるのでしょうか?それぞれの要素である蛋白質を取り出して、試験管の中で混ぜてその生命現象を再現できれば再構築といえるでしょう。しかし、今なおほとんどの生命現象がこのような形で再構築されないだけでなく、試験管の中で起きているそれぞれの蛋白質の振る舞いも完全に把握できるわけではありません。

そこでコンピュータの中に作られた仮想空間にその生命現象を再現するのです。これを数理モデル・コンピュータモデルなどと呼びます。

生命をコンピュータモデル化することで出来ることは何か?

当然、生命現象をコンピュータモデルにしてシミュレーションするためには膨大な情報が必要で、現在の生物に関する知識では、現実的に役に立つモデルを作るのはそう簡単ではありません。

しかし、まずはモデルを構築する作業(モデリング)の過程で見落としていた発見があります。またもしその生命活動が複雑なネットワーク構造でできている場合、直感的には理解できていなかったシステムの挙動が現れることもあります。いくつかの実験結果と矛盾する場合もあります。さらにこのようにして出来上がった遺伝子・蛋白質間のネットワークは、工学システムの回路図に類似しており、実際にシステム理論によってそのシステムの挙動が予測されたり、そのシステムの挙動の原理が明らかになることがあります。

このようにして出来上がったモデルを使い、シミュレーションをすることで予測できる生命現象の挙動は実験によって検証されなければなりません。検証にかけられた予測は、それが実際の実験結果と合っているにせよ間違っているにせよ、シミュレーションへと反映され、その生命現象への理解を深めていくことになります。このような研究の積み重ねはやがて、強力な予測能力をもった細胞シミュレーターの構築につながります。それは生命の統合的理解をもたらすとともに、いずれは疾患に対する薬品の効果を、実際の生物実験を行う前に予測する事も可能になるでしょう。

生命現象の全てを再構成するコンピュータモデルを作ることは究極の目標ですが、それには非常に長い年月がかかるでしょう。もしかするとそもそも実現不可能なものなのかもしれません。しかし、コンピュータモデルを構築しようとする努力の中で蓄積されてきた知識が整理され「動かせるデータベース」となります。対象の生命現象に関わる分子とその相互作用、その強度、いつどんな遺伝子がどんな量で発現するかということまで情報として残せるのです。

そうすることによって「今何がわかっていないのか?」がはっきりし、次にどのような実験が必要かという指針がたちます。またシミュレーションと実験を繰り返すことによって、今まで気がつかなかったような新たな研究テーマが生まれることもあります。その新しい研究テーマを進めるために新しい実験系を作るアイデアが生まれてくるかもしれません。

私はこのように考えてシステムバイオロジーを進めています。そして「細胞のロバストネス」という研究テーマに出会い、遺伝子綱引き法というこれまでになかった概念の実験手法を作りました。

 
SysBioforMe.png
 

裏話:私がシステムバイオロジーを選んだのはなぜか?

守屋がなぜ「システムバイオロジー」とやらを始めたのかを書きました。

 

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2015-10-29 (木) 10:30:08

*1 だから「システムバイオロジーとは何か?」という議論が盛り上がるわけです。

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Last-modified: 2015-10-29 (木) 10:30:08