この解説論文は生命現象のモデリングの方法を学ぶには非常に適したテキストですが、一般的な実験系の生物学者がすぐにモデリングやシミュレーションを始めるには十分ではありません。
などがあげられます。もちろんこれらはこの解説の主旨からは外れてしまうので、ここに記述されていないことは当然なのですが、それらに対する解説を加えより理解を深めるための手助けとしたいと思います。
近年、分子生物学を学んだ者がこの論文で述べられているような微分方程式系を用いたモデリング・シミュレーションを行えるようにというコンセプトのソフトウェアがいくつか開発されています。この解説では、CellDesignerを利用して解説を進めたいと思います。
まず、Tysonの論文にいきなり登場する微分方程式をどう読めばよいのかということから説明します。
(a)は質量作用則(law of mass action: MA)を使ったごく一般的な式といえると思います。(a)は、R(例えば蛋白質R)の変化率(小さな時間刻みにおける変化量:つまり変化の速度)を表しており、右辺のプラスの項は流入(合成)を、マイナスの項は流出(分解)を表しています。k0 という定数は、蛋白質Rが常に一定量作られていることをあらわし、k1 x S の意味するところは、S の量に比例して蛋白質Rが作られることを意味しています(この部分がMAです)。左辺のマイナス項は、蛋白質が分解されることを示しています。これもシンプルなMAで、蛋白質の存在量に比例して分解速度が変わることを示しています。
これが何を意味しているのかを本文で使われているネットワーク図よりも細胞内の現象に近いイメージとしてつかむと以下のようになります*1*2。
このモデルにもう少し情報を付け加えるとこうなります。
蛋白質Rがその材料のアミノ酸(a.a.)からリボソームによって合成されます。このときmRNA(S)が翻訳されるのですが、これを非常に簡素化して「mRNAが蛋白質合成を活性化している」ように記述しています。これは実際の分子メカニズムからすると多少違和感がありますが、mRNAの量が増えればそれに比例して蛋白質の量が増えることを端的に表しています*3。
このモデル(と言うほどのものではありませんが)のSBML*4ファイルはダイヤグラムの下にくっつけているLinear.xmlです。ファイルを保存してCellDesigerで開いてみてください。そして、Simulationしてみてください。時間経過とともにRが蓄積して一定の値でとどまります。これが合成と分解が釣り合った「定常状態」です。合成(k0, k1)や分解(k2)のパラメータを変化させることでRの量がどうなるか調べてみてください。
これが一番単純な、蛋白質の変動を記述するモジュールです。Tyson2003の論文にはここからさらに複雑な、様々な挙動を起こすモデルが登場します。
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Tyson2003に登場するような微分方程式を用いて細胞内のネットワークをモデリングするには通常以下のようなプロセスを踏みます。論文中にも記載があることですがより具体的な例としてご覧ください。またODEモデリングのページも参考にしてください。
たとえば具体的なモデル*5を例にとると、細胞内のサイクリンCln2の存在量をモデル化しようとした場合のダイヤグラムと微分方程式は下記のようになります。Clb2蛋白質の制御はもっと複雑なので下図右のようになります*6。