Tyson2003/Page7

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正と負のフィードバック:振動子

振動現象は正と負のフィードバックを両方持っているシステムから頻繁に発生します(Figure2b、c)。正のフィードバックは双安定なシステム(トグルスイッチ)を作り、負のフィードバックループが2つの安定な定常状態を行ったり来たりさせる力となります。この型の振動子は2つの種類があります。

活性化因子と抑制因子による振動子

Figure2bでは R は自己触媒過程によって作られ、自身の分解の速度を上げる X (抑制因子)の合成を促進します。はじめに R が作られ、引き続いて X が あらわれて R を減らし、その後 X がなくなって R が再び登場します。

Figure2bの中央に活性因子と抑制因子による振動子の「相図(phase portrait)」をしめしてあります。これは、負のフィードバックループが2つの安定状態を行ったり来たりさせながら、双安定なシステムを動かしていることを説明しています。先ず、X を信号、R を応答、Rss を X の関数と見なすと、 Rss (赤い曲線)はS字の信号ー応答曲線を示します。これはネットワークの機能がトグルスイッチであることを示しています。X が中間的な値の時には制御システムは双安定です( Rss は大小どちらかの値をとります)。逆に、Xss (応答)を R(信号)の関数としてプロットするとシンプルな線形応答線(青い線)が得られます。数学用語ではこれらの曲線を R-ヌルクライン(nullcline)(dR/dt = 0、赤)と X-ヌルクライン(dX/dt = 0、青)と言います。2つの曲線が交わるところ(○)は、すべてのシステムの安定点ですが、不安定であるため制御システムはこの安定点にはとどまりません。そのかわりに、変数 R(t) と X(t) は閉じた軌道で安定点の周りを振動します(黒い曲線、安定リミットサイクル(stable limit cycle)と呼ばれる)。このような振る舞いはヒステリシス振動子(hysteresis oscillator)と呼ばれ、その閉じた軌道はヒステリシスループ(hysteresis loop)と呼ばれます。

活性化因子-抑制因子システムの古典的な例は細胞性粘菌、Dictyostelium discoideumの環状AMP合成です (51) 。細胞外のcAMPは細胞表面の受容体に結合して、アデニル酸シクラーゼを活性化し、より沢山のcAMPの合成と分泌を促します。これと同時にcAMPの結合は受容体を不活性な形態に変化させます。cAMPが離れると、不活性型の受容体はゆっくりとcAMPが結合可能な形態にもどり、再びアデニル酸シクラーゼを活性化します。この機構はDictyosteliumのcAMP信号伝達経路のもつたくさんの興味深い特性:振動、中継(relay)、適応、波動(wave propagation)の背景にあります。詳細は (27) を参考にしてください。

基質枯渇型振動子

Figure2cでは、X は 自己触媒過程によって R へと変化します。はじめに X が豊富で R が乏しい状態であると仮定すると、R が増えてくるにつれて R の合成は加速し、やがてすべての X が R に爆発的にかわってしまいます。つづいてこの自己触媒反応は、基質である X がなくなることで終了します。R は分解され、X は再び蓄積し、やがて再び R の爆発的合成が起きます。

カエルの卵抽出液でのMPFの振動のメカニズムは基本的にこの原理に基づいています (37, 52) 。MPF は、キナーゼサブユニット - サイクリン依存性キナーゼ1(Cdk1)と制御サブユニット - サイクリンBの二量体です。サイクリンBが抽出液中に蓄積するにつれて、豊富に存在するCdk1とすばやく結合します。この二量体はすぐにキナーゼサブユニットのリン酸化によって不活性化されます(Figure2c の X 、サイクリンB-Cdk1-P)。X はCdc25(Figure2cの EP )と呼ばれるフォスターゼによって活性型のMPF (Figure2cの R、脱リン酸化型の R)に変換されます。活性型のMPFはCdc25をリン酸化によって活性化します。実際のMPFの制御機構はここに記述したものよりも遙かに複雑ですが、大まかな流れとしては基質枯渇型の振動子(substrate-depletion oscillator)といえます。

この機構の信号-応答曲線をFigure2cの右に示してあります。信号 S は基質 X の合成速度です。予想通り、低い信号は低い応答を、高いシグナルは高い応答を与えます。しかし Scrit1 から Scrit2 までの S では、定常状態応答は不安定で Rmax (上側の黒丸)と Rmin (下側の黒丸)の間で振動します。この振動はホップ分岐( Scrit1 と Scrit2 )の部分で発生しますが、'Figure2cとFigure2aのHopf分岐の間には大きな違いがあります。Figure2aでは新しく発生したリミットサイクル( Scrit 近傍)は安定ですが、Figure2cでは不安定です(白丸で示したものです)。Scrit から S が離れるにつれて、不安定なリミットサイクルの振幅は、その分岐が振幅の大きな安定なリミットサイクル(黒丸)となめらかにつながるまで急速に成長します。これらの2つの可能性を区別するためにFigure2aの分岐は「臨界(supercritical)Hopf」、Figure2cの分岐は「亜臨界(subcritical)Hopf」と呼ばれています。

臨界と亜臨界ホップ分岐の区別は生理学的には重要な意味があります。Figure2aとcを見て、信号強度 S がFigure2aでは 8 から 4 に、Figure2cでは 0.4 から 0.2 へゆっくりと減少したと考えてください。両方の場合で Scrit2 でホップ分岐を通過します。2aの場合は、臨界ホップ分岐であり、振動解が先ず小さな振動であらわれます、ただこの振動は小さすぎて意味のある応答を生むことは出来ないでしょう。一方で、2cの場合では S は、安定で振幅の大きな振動が突然あらわれる亜臨界ホップ分岐を通過します。制御システムは直ちに大きくて頑健(robust)な応答をするのです。S が反対方向に変化したときも振幅の大きな周期解は同じように突然消失します。従って、亜臨界ホップ分岐は安定な定常状態と安定な振幅の大きい振動の間を履歴的に遷移するための一般的な機構となるのです。生物物理的制御システムでは膜ポテンシャルの振動が非常に正確に測定でき、臨界と亜臨界のホップ分岐を容易に区別することが出来ます(例として53) 。

 
 

 

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Last-modified: 2013-06-10 (月) 20:15:10