第7部:酵母補完計画:ADOPTと応用展開

タンパク質暗黒面プロジェクトの他の、もう1つのメインプロジェクトが「酵母補完計画:である。これは、もともと適応系と呼んでいて現在はADOPTと呼ばれている技術を中心としたプロジェクトで、基礎研究から応用への展開が進んでいるプロジェクトである。

CharlieからのオファーでgTOW6000が再起動

このプロジェクトは、「gTOW6000の復活」が鍵になっている。第3部:gTOW6000プロジェクトー量感受性遺伝子の体系的解析の最後の方にも書いたが、gTOW6000はプロジェクトを終えてしばらく塩漬けになった。いろいろあって触るのが怖かったからだ。それを打開したのもやはり、Charlie Boone氏だった(何度出てくるんだ?!)。Charlie氏から「gTOW6000のコピーを送って欲しい、コラボしよう。」といわれたのだ。2015年のことだったと思う。Charlieのグループと言えば、一流誌に掲載されたMoBY-ORFという過剰発現のプラスミドライブラリーを持っているはず(Ho Nat. Biotechnol. 2009)。「なんで?」だったのだが、あとあと分かったことは、MoBY-ORFは全然完璧じゃなくて、たくさんクローンできていない遺伝子があり、それらはgTOW6000ではちゃんとクローンできているので、使いたいと言うことだった。これが、「もしかして、gTOW6000、イケてんじゃないの?」と思ったきっかけ。

「gTOW6000の中身を確かめたい」から始まったテーマ

さらに、2016年から3年間、守屋は在外研究をトロントのCharlieラボ(とハイデルベルグのMichael Knopラボ)でやったのもあって、カナダのコミュニティと研究会をやる機会があり、その時に、「gTOW6000でプールドライブラリーの実験をやったらどうなの?」といわれていた。プールドライブラリーとは、多数の株を混ぜて競合培養して、生き残る株を次世代シーケンサーで調べるという実験手法で、その頃に流行り始めていた。ただ、この解析にはDNAバーコードが各ORFについていなければならない。上記のMoBY-ORFはその目的で作られたものでありバーコードがついていたが、gTOW6000にはそれがない。だから使えないと考えていた。

だけど、gTOW6000のプールドライブラリーの解析は魅力だった。なにより、プールドライブラリーでgTOW6000の塩基配列を全部読んでしまえば、gTOW6000がどれくらいの完全度なのか評価できる。gTOW6000ライブラリーは、作り方を見てもらうと分かるように各クローンの塩基配列を確かめていない。PCRでインサートのサイズを確かめただけだ(そのおかげで比較的低コストでライブラリーを作ることができている)。だが、そのせいでこのライブラリーの完成度に自信が持てず、塩漬けになっているせいでもあった。gTOW6000の中身を確かめたい。そのためにはプールドライブラリーの実験が一番良い。どうしてもやりたい!

gTOW6000のプールドライブラリー解読の可能性は、ハイデルベルグのMichael Knopラボに滞在中に訪れた。Michaelによると彼らの技術(ベクトレットPCR)で、バーコードがなくてもライブラリーのインサートを確かめられるというのだ。その年、2017年9月、守屋はgTOW6000プールドライブラリーを実現させるため必死で科研費を書いていた。ターゲットは新学術領域、進化制約方向性領域と代謝統合オミクス領域の公募研究。「発現揺らぎー適応の並列解析」と「摂動プロファイリング」と、呼び方は違うが、やりたいことは同じ、gTOW6000のプールドライブラリーである。もちろん領域のお題目に合わせて、「何のためにやるか?」を考えている。

「進化制約方向性」の申請書でのgTOW6000プールドライブラリー実験の提案

「代謝統合オミクス」の申請書でのgTOW6000プールドライブラリー実験の提案

うまくハマってくれたのは、進化制約方向性の方だった。4年間支援を受けることになる。

  1. 発現量揺らぎー適応系により探るプロテオームの制約条件とその適応ー進化への影響(2018-2019)
  2. 発現量揺らぎ-適応系により探索する発現変動の適応-進化への影響(2020-2021)

この研究費は本当にありがたかった。これがなければADOPTは存在しないだろう。ただ、系が完成するまでにはもう少し紆余曲折がある。

Knopラボでの江口氏の苦行が道を開いた

Michaelにアイデアをもらい、科研費の申請書も書いたが、次の年の4月の採択/非採択の通知をじっと待っていたわけではない。Michaelのアイデアをさっそく実行に移すことにした。滞在中に、ハイデルベルグ大学では3ヶ月ほど海外から大学院生を受け入れる予算があるとのことも聞いた。そこで当時大学院生だった江口優一氏にハイデルベルグに行って実験しないかと聞いたら、「やります」と。そこで眠っていたgTOW6000を起こし、全部を混ぜるプールドライブラリー(gTOW6000mix)を作成した。江口氏はそれを携えて2018年の冬、ハイデルベルグに行き、プールドライブラリーの次世代シーケンサーによる解析結果を持ち帰った。守屋が行った9月とは違い、冬のハイデルベルグは相当過酷だったらしいが、江口氏は見事にミッションを達成した。

そして上記の科研費の採択となり、gTOW6000mixやそのデータを初期のデータとしつつ、科研費のサポートを受けて系を改良していった。この改良で中心的役割を果たしたのが佐伯 望氏である。結果として、ハイデルベルグで得たデータはお蔵入りすることになり、江口氏は、「そのことを死ぬまで恨む」とずっと言っているが、この系は江口氏の突破力がなければ存在しなかった。例え現在の形に残っていないとしても、0から1を生み出した彼の貢献は計り知れない。

なお、研究費採択について守屋にはジンクスがある。それは、「申請書に書いた研究テーマは、実際に動かしていないと、その申請書は採択されない」というもの。申請書に書いて採択されるまで待っている(いられる)ようなテーマでは、採択される見込みがないということだ。そんな申請書にはきっと情熱が含まれていなくて、それが審査員にも見えるんだろう。

この後、現在に続くADOPTの完成に至るのだが、その前にすこし、守屋(研)で実験系を作るときのポリシーを考えてみたい。これらは項目にしてはいるが相互に関係していて、同じような哲学がそこにある。それは、「創造的な怠惰」とか「戦略的な簡素化」という言葉に集約される。

その1.面倒なことは酵母にやらせる

守屋研の「技術」といえば、gTOWということになるのだが、これははたして技術と呼べるのだろうか? それまでの守屋は、酵母分子遺伝学にどっぷり浸かっていて、いくつかまさに酵母分子遺伝学のエレガントな実験系を使ってきた。その代表例は、いわずと知れたYeast two-hybrid system(Y2H)、守屋自身が論文を読んで感動してとりいれて行った実験はコロニーセクターアッセイがある。大変に楽しかったのを憶えている。しかし、それを「技術」と呼ぶのにはなぜか抵抗があった。技術とは工学用語だと思っていたからかもしれない。

酵母遺伝学すごいゾのロゴ。SGDより

そしてgTOWなわけだが、これはどちらかというと、過去の研究者が偶然取得したleu2dによるプラスミドの超多コピー化の背景原理をうまくコンセプト化した、ということにすぎない。そこにあった道具のよい使い方を見つけただけだ。なので、これに偉そうに名前をつけて堂々と発表というのには、守屋自身だいぶ抵抗があった。恐らく工学系の北野氏のもとにいたから、これは「すごい技術だ」と言ってもらえて自分の感覚も変わっていったのだろう。

gTOWの良いところは、なんといっても「自律的にコピー数が最適化されるー限界に達する」というところ、つまりAutonomous Dosage Optimization using Plasmid with Two-micron origin(ADOPT)であるところ。「限界コピー数を酵母に決めさせる」 という手抜きにある。1つだけプラスミドを作って、後は酵母に任せる。細かく条件を振って限界がどこにある決めなくても良い。これがまさに酵母分子遺伝学の強みなのだ。あまりに簡単すぎて技術感がないのが問題で、だからわざわざ概念的な図まで作ってすごさをアピールする。その一方で、こんな実験が他の生物でもできるかと言われたらそうでもない。また、長年gTOWを触ってきたせいで、他の研究室にはないノウハウが守屋研にはたくさんある。簡単だと思っているけど、それはそれでやるのは難しいようだ。

いずれにせよ、守屋研の実験技術(酵母分子遺伝学)の特徴(その1)は、クレバーな系を作り仕込んで、あとは酵母にまかせるというところ。「人間が日夜実験する」ということはしない。「面倒なことは酵母にやらせよう」、である。

その2. 「枯れた技術」を使う

守屋研はリッチな研究室ではない。最先端の装置を導入してガンガン回せる研究室ではない。そこで大事なのは、技術が枯れてコストダウンされるのを待ち、それをクレバーに使う戦略だと思っている。NGSができてもすぐに手を出さなかったのはそういう理由である。だいたい、できたばかりの技術というのは大抵、扱いが難しくて職人芸的になるものだ(これはその3にも繋がる)。コストダウンしたときには、おおよそその装置の良さ悪さがでそろって、誰でも使えるようになっている(コモディティ化する)。そこで手を出す。工学では、みんなが使えるようになって技術革新がなくなったような技術を、「枯れた技術」というのだが、まさに枯れた技術を転用して使おう、なのだ(これを、任天堂の横井軍平氏は、「枯れた技術の水平思考」と呼んだ)。

その3. 手順を減らし職人芸にしない(みんなが使えてみんなハッピー)

次に大事なことは、手順を減らすこと、関連して職人芸にしないことである。「その研究室でしかできない複雑な工程の最先端技術力を誇る」という戦略をとっている研究室はあると思う。守屋研はその真逆を行く。誰でもできる簡単な技術で、みんながその技術をぶんぶん回す。みんなが使えてみんなハッピーな技術を作る。手順が多いと時間がかかるしミスもする。面倒くさい。面倒くさいとその実験をぶんぶん回したくなくなる。気分ノリノリでガッツにあふれているときはいいが、そのうち疲れてくる。「ああ、またあの実験やるのか」ってなる。

その4. 程よい小スケール化/ハイスループット化を行う

生命科学の技術はどんどん小スケール化/ハイスループット化の方向に進んでいる。なるべく小さなデバイスで、なるべくたくさんのサンプルを扱う。その代表がNGSということになる。これが潮流である。なので、守屋研でもできるだけ小スケール化とハイスループット化を行う。ただし、それを突き詰めるのではなく、「程よく」小スケール化する。小スケール化を突き詰めようとすると守屋研の技術と資金レベルを超える。エレクトロニクスやロボティクスが必要になるからだ。・・・すごい資金を手に入れたら挑戦してもいいかもしれないが。

その5. 自働化する

上記の1はある意味、自働化である。酵母にやらせるのだから。それ以外にもなるべくルーチン作業は手作業、人間の作業を減らすように工夫する。そこでは装置を使いこなさないといけないだろう。この際には上記の彼が技術の転用が必要になる。自”働”化というのは、TOYOTAの思想で、全部を自動化するのではなく適度に人間の作業が入るという事を意味している(今もその思想でやっているのかどうかは知らない)。

gTOW6000とADOPT

さて、上記のような技術志向は、特にgTOW6000プロジェクトの時にいろいろなところに組み込まれた。というか、これが守屋の経験知になって上記のような技術志向になっただろう。

gTOW6000プロジェクトの時にやったいろいろな工夫

さて、本題のADOPTである。まず、プールドライブラリー自体が、「微生物による競合培養」という手抜きが入っている。これまではバラバラに増殖させて増殖速度を測っていたものを、全部混ぜて競争させる。そうすると、数千ー数万、現在なら数百万の株を1つの培養で競争させられる。すさまじい効率化(高スループット化)になる。ただ、これができるようになったのは、大規模並列塩基配列決定装置(次世代シーケンサー:NGS)が登場したからである。NGSという装置が、酵母分子遺伝学の新たな地平を開いた。新技術には常に目を光らせておかなければならないという良い例だろう。ADOPTを開発した頃にはNGS、特にナノポアでの塩基配列決定は、すでにコモディティ化まで行っていた(枯れた技術とまで言えるかどうかは分からないが)。そして、ロッキー培養やナノポアを作ったADOPTには職人芸は必要なく、ピペットが使えれば誰だってできる。ガンガン回せる。結果がどんどん出るからみんなハッピー。ロッキー培養は程よい小スケール(5mL)で、かつ自動で増殖速度の測定ができる。

ADOPTと構築とその概念実証において中心的役割を果たしたのは、当時大学院生の佐伯 望氏である。佐伯氏の高い力量に加え、上記の新学術領域の強力なバックアップによってADOPTはそうとう完成度の高い実験系になったと自負している。この系は2018年中に完成していた。ADOPTというネーミングは2020年頃には思いついていたようだ。

ADOPTの説明図。

ADOPTによりgTOW6000のすごさが分かった

上の方にも書いたがADOPTの当初の目論みは、「gTOW6000の完成度を確かめたい」という事(だけ)だった。実際にgTOW6000のプールドライブラリーをナノポアシーケンサーで解読してみると、驚くほどちゃんとできていた。gTOW6000では、「酵母が持つ5806の遺伝子のうち95.6%をクローンできている」といっていた。それがちゃんと確かめられたのだ。ただ、「95.6%って、とうなのよ」と思う人もいるだろう。「100%じゃないんかい!」って。守屋もこれが気に入らなかった。でも、大変なんだよ100%にするって。もっともっと金と時間があれば・・・これがgTOW6000プロジェクトの後悔でもあったのだ。ところが、である。他の、堂々と発表されている過剰発現ライブラリーの仕事、実は遺伝子が4000位しか解析できていなかったのだ(Robinson eLife 2021とか)。「なんやそれ、俺たちめちゃめちゃすごいやん!世界に誇れるライブラリーやん!」。この時、gTOW6000ライブラリーが輝いて見えた。

ADOPTは酵母補完計画だった

ということで、gTOW6000がちゃんとできているのが分かって満足したので、ADOPTプロジェクトは終了した。・・・なわけない。ここからがサイエンスである。この実験系では、様々な環境で過剰発現が有利に働く遺伝子が同定できるはずだ。最初に期待したのは、過剰発現実験によって酵母を今以上に強化するような遺伝子が取得できることだった。予想もしない酵母の強化株が得られるだろう、という期待だった。結果として分かったことは、酵母がその環境下で必要なのだが足りていない要素を示すような遺伝子がとれるということだった。足りない要素は栄養源であったり遺伝子の機能だったりしたが、いずれにせよADOPTはそれを教えてくれる。人為的にそこを補填してあげると酵母はよりよく成長するようになる。どんどん完全な酵母に近づいていく。ADOPTプロジェクトは、「酵母補完計画」だったのだ。

2022年4月の新学術領域の会議のプレゼンで発表した「酵母補完計画」。オンラインだったから聴衆のリアクションは分からなかったが、あまりウケなかったと思われる。

佐伯氏のADOPTの一連の仕事は、PLoS Genetics誌に掲載されることになる(Saeki PLoS Genet. 2023)。佐伯氏の頑張りもあって、とても良い論文だと思う。投稿より前にGasch研から同じようなコンセプトの論文が出たが(Robinson eLife 2021)、まさに、「僕が一番、過剰発現をうまく使えるんだ」という感じ。ただ、レビューアのウケはイマイチだった(採択されたからいいんだけど)。ADOPTのネーミングやウニプロットにケチを付けられて、守屋は押し通したかったが佐伯氏が取り下げたので論文から消えたし。・・・でもその後のプレゼンでも挫けずに守屋は使い続けている。

ADOPTのその後の展開にとって大きかったのは、2020年度の大隅基礎科学創成財団・酵母フェローへの採択である。それからADOPTの仕事はいろいろなところで発表する機会があった。特に、岡大のプレスリリースでは、「酵母が必要としている栄養素を酵母に語らせる技術を開発」として2022年の2月に発表した。上にも書いたが、ADOPTでは酵母がその環境下で必要なのだが足りていない要素を示すような遺伝子がとれる。ゲノムワイドな解析、例えばRNAseqなんかだと、多数の遺伝子が変動してどれが何を意味しているのか分からないことが多い。ADOPTの場合、うまくハマるとピンポイントで、「これが足りない」と教えてくれる。これは他の系にはない。だからADOPTのことを、「過剰発現プロファイリング(Overexpression profiling)」と呼んだりもしている(Saeki PLoS Genet. 2023)。

ADOPTのこのような性質がADOPTの応用展開を可能する。環境モニタリングのように使えるし、酵母の増殖改善のヒントも与えてくれる。ちょうど良いタイミングで(2023年)、応用研究を志向する農学部の農芸化学コースに守屋研が移動したのも、何かの縁のような気がする。以下は、ADOPT解析のメリットを示したスライド。説明のスライドなので少しビジーではある。

gTOW6000ライブラリーをまるごと移植(ADOPT-2.0)

コロナ期間のフラストレーション(?)から、守屋は実験室に入りある実験の構想にとりかかった。それがgTOW6000ライブラリーのまるごと移植だ。gTOW6000は酵母株のコレクションであり、それを全部混ぜたのがADOPTに使われていた。この問題は、ライブラリーを別の株に移植できないというところにある。gTOW6000からプラスミドを回収して全部移植するというのはとても大変な作業で、実際に試したのだがクローンの多様性が失われてしまった。上記のGaschらの仕事(Robinson eLife 2021)の多様性が低いのは、プラスミドライブラリーを使っているせいもあるのだろう。

さて、そこで試したのが下図のアイデア。gTOW6000を作ったときのPCR産物が冷凍庫にあるのを憶えていたので、それらを全部混ぜて、一気にプラスミド構築をさせることにした。なお、この方法を使えば株だけでなくプラスミドも違うものに置き換えることができる。

ADOPT-2.0 gTOW6000をまるごと別の株に移植する。Saeki 2023で発表

このPCR産物はgTOW6000プロジェクトが終わったあとの迷走期に作ったものだったのだが、これが役に立った。実際にはこの迷走期と思われていた時期にADOPTの前身となるものにトライしていて、それがようやく花開いたと言うことなのだ。迷走期ではなくて準備期だったと言うことだ。

いずれにせよ、これが思いのほかうまく行き、ライブラリーを他の株に完全移植できた。もっと良いことに、株ごとにマイクロプレートで個別培養して保存していたgTOW6000ライブラリーよりも遺伝子間のバラツキが少なかった。「手順が少ない」ことのメリットがここでも見えた。この系をいろいろ駆使した研究内容は、Saeki PLoS Genet. 2023に組み込まれている。

ADOPT、その先へ

現在、守屋研ではADOPTを用いた複数の応用研究が走っている。ADOPTをさらに発展させる研究も進行中。これらはまたいずれ解説することになるだろう。