このページでは、細胞システム化学・守屋研究室で行っている(あるいは、行いたい)研究について紹介します。
酵母を知り尽くしたい
本研究室では、酵母を対象とした研究を行います。実際のところ、酵母を対象としていれば何を研究しても良いと思っています。守屋の夢は、酵母の事を知り尽くした酵母仙人になることなのですが、まあそれは恐らく無理でしょう。知れば知るほど、私が知らなかった酵母の秘密が次から次へと出てきているからです。
さて、なぜ酵母なのでしょうか? 酵母は、古くからパンやアルコールの発酵にもちいられてきた、人類の友とも呼べる有用微生物です。微生物のなかでも、人類の役に立ちたくて生まれてきたのではないかと思うほどの生き物で、動物でいうと犬や猫、ウシやウマ、植物でいうと美しい花や野菜のような立ち位置にいるといえるでしょう。
酵母は、そういった有用微生物という立場だけではなく、モデル生物としての役割もあります。モデル生物とは、ある生命現象を理解したいと思ったときに、その現象を調べるために使われる生物のことを指します。酵母は、ヒトと同じ真核生物に属しているけれど、単細胞で増えやすいし、食べ物に使われるくらいで悪さもしないということで、真核細胞を調べるためのモデル生物として使われてきました。例えば、大隅良典先生は、オートファジーという現象がどのように起きるかを酵母を用いて明らかにして、ノーベル賞を受賞されました。
酵母とシステム生物学
酵母の研究は、発酵という現象を理解するために古くから使われてきたことから発展し、そこにモデル生物としての価値が加わって、すべての生き物の中でももっとも理解が進んでいる生物だと守屋は考えています(たぶん間違っていません)。この、理解が進んでいるという根拠は、酵母が持っている約6,000種類のタンパク質のほとんどの役割が明らかになっているというところにあります。
酵母のほとんどのタンパク質の役割が分かっているとなると、「酵母をこれ以上調べても面白いことは何も出てこないだろう・・・」と思いたくなります。私たちは、それとは逆に、「じゃあ、それらの知識をつかったら、酵母の振る舞いを全部ちゃんと説明できるのか?」という志向で研究を行っています。このような、知識を統合して全体の振る舞いを理解しようとする生物学を、システム生物学(Systems Biology)と言います。それでは、酵母でシステム生物学を行っているという守屋研究室では具体的にどんなことをやっているのでしょうか? 私たちは大きく2つのアプローチにより酵母という生き物を知ろうとしています。1つは、数理モデリングによるシミュレーション、もう1つは、過剰発現による摂動実験です。
コンピュータ上に酵母をつくって分かりたい
前者の数理モデリングによるシミュレーション、これまで分かっている酵母の遺伝子やタンパク質の役割をコンピュータ上で再現して、コンピュータの中に酵母を作ろうという研究です。おもちゃのような酵母はすぐに作れますが、酵母の全体を再現できるかと言われると、本当にできるかどうかも分からない、とても挑戦的なテーマだと言えます。だけど、「酵母が分かった」と言いたければ、これまでの知識から酵母と同じものが作れなければなりません、それはコンピュータ酵母しかないだろうということなのです。
この研究は、細胞をコンピュータで再構築するためにはどんな知識や技術が不足しているのかをはっきりさせてくれ、新しい知識と技術の発見につながるだけでなく、成功した際には細胞の振る舞いを実験せずに予測でき制御できるようになります。酵母の発酵を自由自在に操れるだけじゃなく、究極のゴールはコンピュータヒューマン、ヒトの体をコンピュータを使って理解して病気の原因や薬の開発なんてこともその未来にはあるはずです。
遺伝子つなひき法で酵母というシステムを知る
後者の過剰発現による摂動実験、酵母という生き物の振る舞いがちゃんと理解できているかを、酵母のタンパク質の量を増やす過剰発現という実験により調べます。例えば、自動車(というシステム)の性能を知ろうとしたときに思いっきりアクセルをふかしてみる、限界まで加速してみる。そのうち自動車は壊れますが、壊れたときにどこがどんなふうに壊れるのかを調べることで、自動車の作りを理解する。まあ、この実験はドライバーなしで安全に配慮してやるべきでしょうが、そういう性能試験のようなことを酵母を使ってやります。
このような実験を摂動実験、この実験で明らかになる性質をロバストネス(頑健性)と呼んだりします。守屋研究室これをうまくやるために遺伝子つなひき(gTOW)法という実験法を開発して、これを使って酵母というシステムを調べています。遺伝子つなひき法を使った実験では、酵母の事が分かるだけではなく、どんなタンパク質が過剰にあるとどんな理由で細胞に悪影響を与えるのか、どんなタンパク質が過剰にあると酵母が高温や高塩などのストレス環境に強くなるのか、などと言ったことが分かります。これらの研究は、酵母に特定の有用タンパク質を大量に作らせたり、過酷な環境に強い酵母を作らせたりという応用に発展していきます。
結局、酵母なら何でもいい、だって面白いから
なお、研究室名の細胞システム化学は明かな造語ですが、細胞レベルでのシステム生物学を農芸化学の視点で追究するという意味が込められています。研究室ではここまで書いたようなことを基本的なコンセプトとしています。酵母を使った生物学実験、コンピュータを使ったデータ解析、そのデータを使った数理モデリングなどを、それぞれのメンバーが行っています。ですが、結局、酵母を知るためならどんな研究を行ってもいいと思っています(だって面白いから)。
2023.4.2 HM
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研究に関する専門的な情報
科研費の研究テーマ(科研費データベースへのリンク)
- 連続するアミノ酸(PolyX)が生み出す細胞毒性のメカニズム
- 発現量揺らぎ-適応系により探索する発現変動の適応-進化への影響
- 変異タンパク質の限界発現量から探る過剰発現による増殖阻害のメカニズム
- タンパク質の限界発現量から探る細胞の処理能力
- 過剰発現により輸送リソースの過負荷を引き起こすタンパク質の体系的解析
- 酵母におけるプロセス負荷の原理の解明
- 化学量不均衡を避けるメカニズムの解明
守屋の研究関連のWebページ
- ブログ「酵母とシステムバイオロジー」 守屋が書いている研究ブログ
- 守屋のウェブページ 守屋の以前のWebページ(今はあまり更新していません)
守屋の研究エッセイ
プレゼンファイル
- 酵母ルネッサンス前夜祭でプレゼンした「細胞のすべてを理解することは可能なのか、あるいはなぜ守屋は「システムバイオロジー」に魅せられたのか?」pdfファイル
日本語の解説
- 酵母が必要としている栄養素を酵母に語らせる技術を開発 (岡山大学プレスリリース2022年2月)
- たくさんつくれるタンパク質に隠された秘密 (現代化学2021年11月号)
- 生体内のタンパク質の発現量はどのような原理で決まっているのか? -プロテオームの拘束条件を探る(生体の科学2018年2月号)
- 細胞のタンパク質発現リソース配分とタンパク質発現キャパシティ (化学と生物2016, PDFファイル)
- タンパク質の発現量の変化に対する 細胞システムのロバストネスを測る(細胞工学2013, PDFファイル)
- 細胞システムのロバストネスの測定(現代化学2009, PDFファイル)
- 頑健さを支えるしなやかさを計測する(生命誌58)
- gTOW法によるロバストネスの測定(実験医学2007, PDFファイル)
専門的な解説
- Moriya H, Makanae K, Watanabe K, Chino A, Shimizu-Yoshida Y., Robustness analysis of cellular systems using the genetic tug-of-war method., Mol Biosyst. 2012 Oct;8(10):2513-22.
- Moriya H., Quantitative nature of overexpression experiments., Mol Biol Cell. 2015 Nov 5;26(22):3932-9.