Research

過剰発現ーロバストネス解析から探る生命システムの構成原理

究極のゴール:コンピュータ細胞をつくる。

分子生物学者は日々研究を繰り返し、「細胞の中でどんな分子がどのように働いて、さまざまな生命現象を作り出しているのか」という知識を積み上げています。 では、どこまで知ったら私たちは満足できるのでしょうか? 私は、それらの知識をもとに生命を再構築できたとき、研究は1つのゴールに達したと考えます。 そして、その再構築の場はコンピュータです。「コンピュータ生物」を作り出すのです。

コンピュータ生物は、生命現象の究極の理解を意味するだけではありません。様々なコンピュータ生物が作れれば、その生物を人類の目的のために改変するためのシミュレーションができます。コンピュータ人間(個人版)が出来れば、その人の病気のかかりやすさや、その人にどのような薬が効果的に効くのかが、シミュレーションによって事前にわかることになります。それが達成された時に社会に与えるインパクトは計り知れません。

このような研究はまだ始まったばかりで、「本当にできるのか?」すら結論は出ていません。しかし、私たちの研究室では、その「夢」を指向した研究を行います。

「コンピュータ生物」実現に一番近い生き物:酵母

酵母は、古くからパンや酒の醸造で人類に多いに貢献してきた有用微生物です。近年、酵母が、「細胞がどのように生命活動を営んでいるのか?」という重要で基本的な問題を調べるための、非常によい「モデル生物」として使われています。我々の用いる酵母は、ヒトと同じ真核生物である、単細胞で増殖が早い、病原性がなく取り扱いが容易、強力な遺伝学的ツールがある、などの理由で徹底的に調べられ、「そのゲノム上の遺伝子の80%以上について、何らかの機能がわかっている」、とされています。

この「よくわかっている生物」で、私たちが知るべき事はもうあまりないのでしょうか?「よくわかっている」わけだから、その知識をもとに「コンピュータ酵母」は作れるのでしょうか? それが、うまくいきません。再構築しようとして、もう一度私たちの知識を眺めてみると、まだまだ「わかっていないところ」が沢山あることがわかります。それでもやはり、酵母はコンピュータ生物実現に一番近い位置にいます。

私の研究室では、この酵母を主軸の「モデル生物」として用います。余談ですが、酵母研究者は皆、酵母を愛しています。そのモデル生物としての使いやすさだけではなく、うまいパンを食べたり、うまい酒を飲んだとき、「ああ、酵母ってすばらしいなぁ。」と思う瞬間がたびたび訪れるからかもしれません。

独自の実験系:ロバストネスを測る遺伝子つなひき法

「酵母をモデルに、コンピュータ生物を」といってもそう簡単には出来ません。コンピュータの前であれこれ悩んでいても、わかっていない事はわかっていないのです。では、何がわかればこのゴールに一番近づくのか? 私はそれが、「ロバストネス」だと考えています。ロバストネスとは「擾乱(じょうらん)にあらがって、機能を維持しようとする、システムの特性」の事をいいます。淘汰圧のもとで進化した生物は、この特性を基本原理として持っており、その情報がコンピュータ生物を作るときに役に立ちます(生命システムのロバストネスについては、私が書いた総説や北野宏明氏の一般書などをご覧ください)。

そして、細胞システムのロバストネスを測るという目的で、私が独自に開発したのが「遺伝子つなひき法」という実験系です。この実験で細胞のロバストネスを測り、その知識をもとにコンピュータ細胞を改良していきます。

生物学実験と理論の融合:システムバイオロジー

これまで述べてきたような、生物学実験と理論(コンピュータシミュレーション)とを組み合わせたような学問分野は「システムバイオロジー」と呼ばれています。私の研究室では、このシステムバイオロジーの枠組みのなかで、細胞システムのロバストネス発揮の基本原理の解明や、高性能なコンピュータ生物の開発、さらにこれを発展させた、疾患の新たな治療手段の開発を目指します。

・・・という基本コンセプトを拡張した研究を行なっています。

科研費の研究テーマ(科研費データベースへのリンク)

守屋の研究関連のWebページ

守屋の研究エッセイ

プレゼンファイル

  • 酵母ルネッサンス前夜祭でプレゼンした「細胞のすべてを理解することは可能なのか、あるいはなぜ守屋は「システムバイオロジー」に魅せられたのか?」pdfファイル

日本語の解説

専門的な解説