守屋、岡大TT「異分野コア」で研究室を立ち上げる
第2部は、守屋が岡山大学に着任するところから始まる。いろんな理由から、独立した研究室を持ちたいと考えていた守屋は、大学のポストにいろいろ応募した。それはそれは厳しいものだったのだが、当時始まっていたいわゆる「テニュアトラックプログラム(TT)」というものがあり、岡山大学で異分野融合を謳っていた。システムバイオロジーはまさに異分野融合にぴったりであり、うまいこと採択にいたったのだ。岡大TTは、「異分野融合先端研究コア(異分野コア)」という名前で、なかなか頑張っていた。面接や中間・最終審査などは英語だった。11名の若手独立研究者(PI)に完全独立のスペースを与えてくれたし、わりと大きな予算も付けてもらった。


gTOWによるロバストネス解析で論文を発表、守屋テニュアとなる
テニュアトラックでのメインテーマも、実験と理論の融合研究としての「ロバストネス」解析だった。異分野コアでの活動では、北野プロジェクトーさきがけ研究のテーマや、新しく始めたテーマなどで論文が出た。
細胞周期システム中に見られる脆弱性のメカニズム、潜在的な脆弱性を回避してロバストネスを作るメカニズムを、出芽酵母と分裂酵母それぞれで数理モデルとgTOW実験で示した論文(Kaizu PLoS Genet. 2010、Moriya Mol. Syst. Biol. 2011)が代表的なもの。ちなみに、これらの執筆の苦労話(?)についても、当時のブログをまとめたものが残っている。
まず、gTOWの発展としてKaizu 2010論文で何があったかというと、まずはいわゆる「gTOWポンチ絵」が完成した。

次に、二次元のgTOW(2D-gTOW)というのを行った。2D-gTOWでは2種類の多コピープラスミドを酵母に導入して、それらのコピー数の関係性からプラスミドに組み込まれている遺伝子間の相互作用をみるというもので、CDC14とNET1の量的均衡をうまく検出するのに成功した。


また、遺伝子破壊とgTOWを組み合わせてロバストネスを生み出すメカニズムを調べている。

この論文ではgTOWの結果をもとに細胞周期のシミュレーションの改良も行っている。この論文の仕事は、筆頭著者の海津一成氏(当時慶応義塾大学の大学院生・現理化学研究所)が主体的におこなったもの。この論文で、gTOWを使ったロバストネス解析の概念はほぼ完成した。この論文により守屋は2年目の中間審査でテニュア審査をパスした(審査員の何人かが、「Outstanding」の評価をしてくれたらしい)。
分裂酵母gTOW(pombe-gTOW)
分裂酵母のgTOW(pombe-gTOW)を始めるきっかけは、沖縄大学院大学(OIST)の前身プロジェクトのシンポジウムで、分裂酵母の大御所のY先生が守屋の出芽酵母のgTOW実験の結果を見て、「分裂酵母だとこうはならない」、と言ったことだった。「それならば分裂酵母で試してやろうじゃないか」、ということで分裂酵母をはじめてみた。出芽酵母と同じく酵母とは言えやはりそれなりに勝手が違い、それなりに扱いが難しい。だが、この時、分裂酵母のgTOWの系を作ったおかげで、真核細胞に共通する原理を調べることができるようになった。分裂酵母のgTOWは、バックボーンのプラスミドづくりからしっかり作った。かなり良くできた系。

pombe-gTOWのデータがある程度でそろってきた頃に、シンポジウムで分裂酵母細胞周期のシミュレーションをしているBela Novak氏(オックスフォード大学)とその弟子のAttila Csikász-Nagy氏(現ブダペスト大学)と知り合って共同研究が始まった。Attilaのいたイタリアのトレントの研究所に滞在してセミナーをやったり、Belaのいるオックスフォード大学でセミナーをしたりもした。結局、この仕事はMolecular Systems Biologyというわりと評判の良い雑誌に掲載された(Moriya Mol. Syst. Biol. 2011)。
これは守屋がテニュアを取得して次の年に発表した唯一の論文だった。この年の守屋の業績評価は、「劣っている」。論文が一報しかなかったからだ。当時、Mol. Syst. Biolはインパクトファクターが10を超えていた。しかも、国際共同研究をまとめ上げたのにである。この時の評価委員への、「マジでふざけんな!」という気持ちは一生忘れないだろう。この時言われたのが、「(筆頭やコレスポでなくても良いから)数を出せ」だった。・・・まあそれも真実。どんな論文でも書いて発表してるかどうかはとても大事。特に「評価」においては。実際、守屋は論文が少ない。少ないながらもなんとかここまで来たが、「少ない」といわれればそれは事実。実際、ちょこちょこと小さい論文を書くことが守屋にはできない。同じ労力を使うなら、自分が十分に満足のいく、伝えたいデータとストーリーがあるもの、オリジナリティやクリエイティビティーがあふれるもの、読み手が面白いと思うもの、その論文にしか描かれていないもの、そういうものを世に出したいじゃないか。
現在守屋研は分裂酵母からは(一時)撤退している。複数の異なる生物種を扱うのは、守屋研が持っているリソースでは難しいからだ。だが、上述の様にかなりちゃんと作り込んでいる系で出芽酵母との比較もできるので、出芽酵母での発見について真核細胞での共通性を見るという時、ときどき登場する。近々また本格的に分裂酵母に乗り出すかも知れない。pombe-gTOWの中心人物は、茅野(田中)文子氏である。守屋がさきがけを始めたとき技術職員として参加し、岡山に来て博士課程に進み博士を取得した。pombe-gTOWは茅野氏と共に始まり、茅野氏と共に去った。
2008年に守屋はJT生命誌研究館が発行している「生命誌」に招待され、解説記事を書いた(頑健性を支えるしなやかさを計測する)。分裂酵母のgTOWの結果に言及した日本語の解説記事はこれだけだと思う。一般向けの解説記事を書くのはこの時がはじめてだったので、「産みの苦しみ」を味わったのを憶えている。いつも文章を書くのはしんどいが、この時は特にしんどかった記憶がある。
gTOWによるロバストネス解析の総説
gTOWによるロバストネス解析についての英文総説(Moriya Mol. Biosyst. 2012)は、これまでウェブページやプレゼンなどで書きためたものを全部書きだしたものだ。「ロバストネス解析としてのgTOW」について一番ちゃんと書かれていると思う。守屋にとっての「カナダのボス」のCharlie Boon氏の招待により書いたものである。一応、Emerging investigators contributors 2012という賞のようなものらしい(特に特典はない)。これを含めて、Charlieは4度、守屋の人生を変える機会をくれた(それは後に出てくる)。
ロバストネス解析としてのgTOWはなぜ終わったのか?
実は、上記の総説を最後に、ロバストネス解析としてのgTOWは終わる。その理由は、大きく2つある。守屋の立場から来るものと、日本でのシステムバイオロジー立ち位置から来るものである。いずれにせよ共通しているのは、「(守屋の)ロバストネス解析の仕事がウケない」ということだった。システムバイオロジーの総本山の北野プロジェクトでは、北野さんという神がいて、その神にウケることをやっていれば良かった。また、総本山には思いを同じくする人たちが集まりやすく、その人たちにもウケていた。当時、日本ではシステムバイオロジーが勃興しつつあり、皆がシステムレベルの研究とは何かに注目していた。
そして、日本では「システムバイオロジー」は爆発しなかった。「分子レベルから一貫したシステムとして生命を理解する」という考え方は浸透していっただろう。それがシステムバイオロジーが残したものだと言える。一方、「これぞシステムバイオロジーの研究」というものは、大半の人は求めていなかった(むしろ懐疑的だった)。日本ではシステムバイオロジーはうまく行かなかったのだ(そのあたり守屋のブログ、「分生シンポ「システム生物学大反省会」をなぜ今行うのか?」参照)。
さきがけ「生命システム」領域での守屋のプレゼンはウケた(と思っている)が、それでもロバストネスを調べるなんて他に誰もやってなかった。岡大に来てみると、システムバイオロジーすらみんな知らない。ましてやロバストネスをや、だった。学生のテーマとしても問題だった。岡大で研究室をもった。そうするとラボメンバーができる。特に大学院生は、自分のテーマを自分の言葉で発表する必要が出てくる。そのときに、ロバストネスは難しすぎた。分かったような気になって軽々しく口にできるような概念ではなく、もっとみんなにわかりやすいところから始める必要がある。そんなフラストレーションは「「摂動」から始めるべき?」というブログエントリーに集約されている。余談だが、このエントリーと同じものを、さきがけ「生命システム」の懇話会でプレゼンしたら、それがきっかけで「摂動生物学研究会」というものが始まった・・・何でも主張してみるものだ。
さらに、ロバストネス解析では研究費も取れなかった。科研費の「システムバイオロジー」という特設領域ですら通らなかった。さきがけ2回目は面接まで行ったが落ちた。新学術やCRESTなど領域研究のグループにも参加させてもらったが、ダメだった。なお、この頃(2012年)字面をよくするために、「遺伝子綱引き法」が「遺伝子つなひき法」となった。上記の論文達もバンバン引用されるということもなく、今も静かにそこにある。「細胞工学」誌から依頼されて「ロバストネス特集」というものやり、自身でも「タンパク質の発現量の変化に対する細胞システムのロバストネスを測る」という解説記事を書いたが、ほとんど反響がなかった。その後、細胞工学自体が廃刊になった。ロバストネス特集などと言うトリッキーなことをやったからかも知れない。

ロバストネス解析は、その価値を理解してもらえなかった。論文は書いたら終わりではなく、そこからまたそれをどう広めていくかも重要なのだ。特に、発表された瞬間にみんながその価値が分かるようなものでない場合には。そして、既存の学問分野にのらないような論文は、発表された瞬間に価値が分かってもらえるわけではない。自分で努力してその先の展開を作らなければならない。いくつかの概念実証の論文が出たから満足してしまって、その先に挑戦しなかった、否、挑戦はしたが勝ちきれなかった。結局は、守屋自身がロバストネス解析をちゃんと広められなかったということ、守屋の実力不足なのだ。
「ロバストネス解析としてのgTOW」が失敗だったとは言わない。独創性あふれる面白い作品が複数残せたという満足感はあるし、これから再び戻ってくる可能性もある。実際、そろそろ再びロバストネスという言葉を使い始めようと思い始めている。数理モデルと組み合わせたロバストネス解析としてのgTOWをやるには、かなりのスキルが必要となる。それに挑みたいという学生や研究員が現れたらこのテーマも復活させたい。その準備は整ってきた。
異分野相手のプレゼンテーション
ここで少し本題とは違う事を書いておく。守屋はいわゆる酵母の分子遺伝学をやった後、北野プロジェクト→さきがけ→異分野コアという、異分野融合の領域で研究をやってきた。そうすると、酵母の分子遺伝学者が「常識」だと思っていたことが、全然常識じゃないことを知る。それは特にプレゼンテーションの時に重要で、さらっと話しても伝わらないことも多い。同時に、業界人にとって当たり前になっている酵母の分子遺伝学だけが持つすごいパワーも知ることになる。聴衆がどれくらいの背景知識を持っているのか、何を聞いたら驚くのかなどが想像できるのを、「メタ認知能力」と守屋は呼んでいる。これはいろんなところで場数を踏んでいくことで身につく。上記の守屋のキャリアはそういうことを鍛える良い場だったと思う。というわけで、業界外に伝わるように作った2つのスライドを載せておく。
1つはgTOWがどういう風に実行されるかを1枚にしたスライド。小さな液量での培養であることや、1度に96サンプルを同時に扱える手のひらサイズのマイクロプレートを使うこと、その時酵母はどんな状態になるのか、増殖を自動測定する方法や、リアルタイムPCRでコピー数を決める方法など、ここに全て描いてある。マイクロプレートのサイズや液量など、業界では常識。蒔苗氏にこのスライドを見せたら、「なんでこんな(当たり前の)ことを描く必要があるんですか?」といわれたのを憶えている。だが、マイクロプレートは生物学以外の分野では当たり前ではない。酵母の形だって見たことない人はいる。酵母業界の研究者だって、マイクロプレートリーダーでの増殖測定はしない人がほとんど、「プラスミドコピー数なんてどうやって決めるの?」という人も多い。それをここに詰め込んである。それらは、守屋研ならば「常識」だろう。

ただ、この手のスライドで注意しなければならないのは、業界人にレベルが低いと思われないバランスである。このスライドは2013年頃のもので少々古いせいもあり、すでに「時代遅れ感」がある。「ハイスループットだぞ」と言おうとして96穴を見せたとして、業界人からしたら、「いやいや今や386穴が当たり前でしょ」とか、「マイクロプレートやリアルタイムPCR古い型やな」、「顕微鏡画像きれいじゃないな」、などというつっみがあり得る。一方で、あえてこういう古めのスライドを使って懇親会でのネタにしてもらう(改善や良い機器のアイデアをもらう)こともできる。
もう1つはgTOW実験のムービー。動画は圧倒的な情報量を持っているし、間違いなく聴衆に訴えかける。さきがけの領域会議で驚いたのは、研究者たちのプレゼンテーションのうまさ、特に動画の使い方だった。動物を使ったり細胞内のダイナミックな動きをする分子を動画で見せるのが効果的なのはよく分かる。だが、静的に思える植物ですら動画で見せられたのには、やられたと思った。そこからgTOW過程を動画でとろうと頑張った。出芽酵母では結局まだ満足いく動画が撮れていないのだが、分裂酵母ではなかなか良い動画が撮れた。分裂酵母は細胞形態の多様性が少ない分、異常がうまく見えやすい。コロコロ丸くなくて長細いのも顕微鏡で見る際の利点である。
この動画を撮るのは相当苦労したが、まさに一目瞭然で、gTOWを分かってもらうためにとても役立っている。「分かってもらう」ためだけに労力を割くことの重要さを物語っている。これは分裂酵母gTOWの論文のサプリメンタリートして組み込んだが、特に長尺のプレゼンでもはよく使っている。
