2014-09-252017-08-09 「摂動」から始めるべき? 最近思っていることなのですが、いくつかの口演で話をしてそれなりに感触を掴んだのでブログにアップしてみたいと思います。 私の研究室では「システム生物学」をやっています。システム生物学の定義は曖昧で、既存の生物学と何が違うのかという疑問もよく聞かれます。私自身も何がシステム生物学なのかなと思いながらやって来ました。 ただ最近になって、いろいろな研究者と話をしていて、ある言葉の意味が理解できるかそうでないかが、生物をシステムとして捉えているかそうでないのかを分けるということに気づきました。それが「摂動」です。 以下、最近の口演で使っているスライドを使って説明します。 システムのもつ特性は、「ダイナミクス」と「ロバストネス」に大きく分けられると私は考えています。 システムの2つの特性 2つのうち、ロバストネスはあまり耳にしない(あるいは最近耳にするようになった?)言葉だと思いますが、「摂動にあらがって機能を維持しようとするシステムの特性」のことを言います(興味がある方は細胞工学の「ロバストネス」特集号を御覧ください)。 工学システムではロバストネスは設計の原理ですが、生命のシステムでもロバストネスを生むことが進化上の設計原理の1つであるという認識が高まっています。 ロバストネスとは? 私の研究室では、ロバストネスの中でも、とくに「遺伝子発現の変動」という摂動に対する細胞システムのロバストネスの発揮の原理を調べています。 ロバストネスも本質的な理解が簡単ではない概念なのですが、いろいろな研究者と話していてなんとなくわかってくれているような感覚を持っていました。ところが、最近、複数の研究者から「生物学では、摂動という言葉は使わない」と言われ衝撃を受けました。 生物学の裾野は広いので、その人達がたずさわっている生物学(分子生物学)では、摂動という言葉を使わないという意味だと思いますが、分子生物学は現代の生物学を席巻していますので、これは由々しき事態だと思いました。 生物学では「摂動」という言葉は使わない? ちなみに、「摂動(perturbation)」は、Oxford advanced learner’s dictionaryによると、”a small change in the quality, behaviour or movement of sth”とあります。訳としては「量や振る舞い、動きの小さな変化」となりますが、特に「システムの状態を乱そうとする」というのが、使っている人たちの前提にあると思います。 それで、ちょっと考えてみました。 遺伝子破壊や遺伝子の過剰発現、最近ならばオプトジェネティクスなど、これらすべて(分子)生物学で良く行われる摂動実験です。 では、なぜそこに「摂動」という言葉がないのか? それは摂動という意識がなく、この実験を行っているからです。 なぜ摂動を意識しないのか? 分子生物学では、上記の実験は因子の機能やつながり(メカニズム)が知りたくて行っているという意識があるからだと思います。 一方、システム生物学では、上記の実験によって、ダイナミクスがどう変化するかやシステムがどれくらいロバストかを知りたいと考えています。上記の実験によってシステムに与えられるのは摂動だという意識があります。 つまり、同じ実験に対するモティベーションは2つの生物学で大きく異なっていて、それは背景にあるパラダイムの違いによって生まれているということです。 先にも言いましたように、「ロバストネスは摂動にも関わらず機能を維持する特性」ですので、摂動という概念がなければ理解できるはずがありません。さらに、ロバストネスはシステム生物学において中心的なテーマです。従って、システム生物学がどんなものかを知るためには、まずは「摂動」が何なのかを知るところから始めるべきだという結論に最近至ったわけです。 「摂動」から始めるべき? 読者の皆さんは「摂動」を意識して実験をされたことがあるでしょうか? 摂動を意識して実験を捉え直すと、生物に対して新しい感覚が生まれるかもしれません。 Share on FacebookTweet(Visited 6,462 times, 10 visits this week) エッセイ システムバイオロジー ロバストネス 更新記録
perturbationという言葉自体はよく論文に出ますし、 守屋先生の論文にも書いてありましたが、 自分はずっと「擾乱」と読んでいました。 逆に「摂動」という日本語は、一度も聞いたことがありません。 あまりたいそれた話ではなく、単純に、和訳の言葉の問題なだけでは? 返信
テツさんコメントありがとうございます。 facebookで北野先生にも同様の指摘を受けたのですが、和訳の問題ではなく、概念があるかないかという(割と深刻な)問題だと考えています。 先に「擾乱(じょうらん)という言葉は使わない」と言われたので、「摂動です」と言ったけれども、それも理解されないということです。 「perturbationという言葉を論文でよく目にする」ような分野の人にこれを説く必要はもちろんないです。これは自分を振り返った時に明らかなのですが、私自身も自分の行っている遺伝子破壊や過剰発現実験を、擾乱・摂動・perturbationとは思わずにやっていた時期がかなり長い間ありました。 「グルコース感知システムの研究」と言いながら、この手の摂動実験を摂動という概念なくやっていたのです。実際、分子メカニズムを知ろうとした場合には特に摂動と思わずにやっても一切の支障はありません。 ここ数年、システム生物学のパラダイムにどっぷり使っていたのでまったく違和感がなくなっていたのですが、当時の自分(そして当時の自分と同じパラダイムにいる分子生物学研究者の多く)にとっては、いきなり擾乱・摂動・perturbationと言われてもやはりピンと来ないのだろうということが想像されます。 そういう人達にロバストネスと言っても1つ次元が上の話ですから・・・まずは摂動を理解していただくことから初めないとダメだなということです。もちろんわかっていただかなくても良いのかもしれませんが、「わかってもらえない」というところ(いわゆる「バカの壁」?)には、しっかりと考えるべき重要な問題が隠れていることがよくあるので、無視しないことは大事だと私は考えています。 返信
「摂動」のニュアンスが一致しているのか分かりませんが、私の感想としては、大量ゲノムシーケンス技術とそれによる集団遺伝学の可能性が広がり、ようやく「摂動」のシステム生物学の時代だなということを実感してワクワクしています。 返信
最近になって目にしたのでかなり遅いコメントですみません。かつて、80年代前半に大腸菌遺伝学から分子生物学の世界に入ったを経験からいうと、「摂動」は物理/天文系の人が使う言葉という訳語の問題がありました。またperturbationは大腸菌遺伝学の古い論文でも使われており、最後のスライドのように操作を加えて細胞内の何らかの平衡(今風に言うパスウェイであったり、分子の構造の異なる状態間であったり)を傾けて/崩してやる、あるいはそういう状態をさして表現する場合に用いていたと思います。そういう操作は「分子生物学のモティベーション」にかかれたことを目的として研究を行う際の手段として捉える一方、その結果として、ロバストネスという言葉こそ使わないけれども、「摂動にも関わらず機能を維持する特性」というものを観察してすくい上げることは当然のこととして行っており、細胞の恒常性維持に関わる仕組みの一端と捉えていたと思います。知りたい・理解したい生命機能メカニズムのひとつが「恒常性維持に関わる仕組み」であり、そのために明らかにすべきその特性のひとつとして、「どれだけロバストか」を評価されてきています。「摂動を意識しない」ということには当たらないのではないでしょうか? 返信