制限酵素のイタリック表記は必要ない

このブログ、自分の覚書のためにも書くことにしています。読者の皆さんにとっては、「え!?そんなことも知らなかったの?」とか「は?それが何か?」と思われる内容もあるかもしれません。

でも、私が長年知らなかった(あるいは忘れていたこと)をウェブ上に記事として示すことで、私と同じように発見する人もいるかもしれませんので。

 

制限酵素の表記法(nomenclature)について、私は指導教官に「最初の三文字はイタリック体、後ろはブロック体で書くように」と教わりました。例えば、EcoRI、HindIIIなど。これは、最初の三文字が制限酵素が得られた生物の学名から来ているからです。学名はイタリックで表記するという決まりがあるので、そのようになっています。この手の説明は、「制限酵素 イタリック」でGoogleとすぐに見つかります。

nomenclatureについては、「知らないと素人だと思われる」ところがあり、論文を書くときにも結構気をつけて書くようにする必要があります。一方、論文をレビュー(査読)する立場になると、nomenclatureがちゃんとしていないと「基本ができてない」と考えてしまいがちです。

で、最近レビューをしていて、制限酵素の表記がイタリックになっていないものに出会いました。それで、「表記がちゃんとしてない」と指摘する前にまずは現在の標準を調べてみました。

ちゃちゃっとサーベイしてみつけたのが以下の論文です。

A nomenclature for restriction enzymes, DNA methyltransferases, homing endonucleases and their genes.

Roberts RJ, Belfort M, Bestor T, Bhagwat AS, Bickle TA, Bitinaite J, Blumenthal RM, Degtyarev SKh, Dryden DT, Dybvig K, Firman K, Gromova ES, Gumport RI, Halford SE, Hattman S, Heitman J, Hornby DP, Janulaitis A, Jeltsch A, Josephsen J, Kiss A, Klaenhammer TR, Kobayashi I, Kong H, Krüger DH, Lacks S, Marinus MG, Miyahara M, Morgan RD, Murray NE, Nagaraja V, Piekarowicz A, Pingoud A, Raleigh E, Rao DN, Reich N, Repin VE, Selker EU, Shaw PC, Stein DC, Stoddard BL, Szybalski W, Trautner TA, Van Etten JL, Vitor JM, Wilson GG, Xu SY.

Nucleic Acids Res. 2003 Apr 1;31(7):1805-12. PMID:12654995

 

制限酵素などの酵素のnomenclatureの取り決めについて書いた論文です。ここに、「Italics will no longer be used for the first three‐letter acronym of the REase or MTase name.」とあります。

なんてことでしょう!! 今から10年以上前に、「もうイタリックは使わない」って決まってたなんて!!

「イタリックにしなさい」なんて指摘してたら逆に恥を書くところでした。情報は常にアップデートが必要ですね、という話でした。

 

解説記事「細胞のタンパク質発現のリソース配分とキャパシティ」を化学と生物に書きました。

化学と生物

 

「細胞のタンパク質発現のリソース配分とキャパシティ」という解説を化学と生物2016年8月号に書きました。

内容的には、過剰発現の定量的側面で書いたことをより噛み砕いた感じです(噛み砕きすぎという話もありますが・・・)。

タンパク質の過剰発現が引き起こす細胞増殖のメカニズムを、タンパク質発現のリソース配分・キャパシティやロバストネスといった概念とともに解説しています。

 

濃度依存的な液相分離はタンパク質の発現上昇にともなう毒性の原因となる

A Concentration-Dependent Liquid Phase Separation Can Cause Toxicity upon Increased Protein Expression.

Bolognesi B, Lorenzo Gotor N, Dhar R, Cirillo D, Baldrighi M, Tartaglia GG, Lehner B. Cell Rep. 2016 Jun 28;16(1):222-31. doi:10.1016/j.celrep.2016.05.076. Epub 2016 Jun 16. PMID:27320918

以前、過剰発現が引き起こす細胞増殖の阻害に関するエントリーに対して、TM氏から「stress granuleのような今流行りのliquid-liquid phase separation(液-液 相分離)が、構成因子の高発現でectopic(異所的に)に引き起こされるようなケースはどうでしょう?」というコメントを頂きました。

正直に申し上げましょう、わたくし、「液-液 相分離」というものがこの時何か知りませんでした。それで、ちょっと調べて(それでもいまいちピンとこなかった)、適当にコメントを返しました。

今回、まさにTM氏の予言(?)通りの論文が発表されました。「Mip6の過剰発現は、液-液 相分離によりGranule(顆粒)の形成を引き起こし、これが細胞増殖を阻害する」というものです。そして、これがタンパク質過剰による増殖阻害の原理の一つだろうと言っています。私たちの2013年の論文のデータ使われてちょっと嬉しいです。

「 タンパク質過剰による毒性マニア」の私には、見過ごすことができない内容です。ということで、関連論文を読みつつ、TM氏にも周辺情報を教えていただき情報を整理しました。

Stress granuleやP-bodyと言われている細胞内顆粒は、タンパク質の凝集体ではなく、形が柔軟に変わり周辺との分子の入れ替わりが盛んであるという「液体」の性質を持っています。これらの顆粒は、ミトコンドリアやペルオキシソームなどのオルガネラ(細胞小器官)に匹敵するサイズを持っていて、膜で隔てられおらず、条件に応じてダイナミックに形成され消失します。

この形成の原理は「液−液 相分離」です。このGranuleは、RNA(mRNA)とRNA結合タンパク質がコアになっていて、それに多数の因子が結合しているようです。タンパク質とRNAの塊が、液体の性質を残しつつ細胞質とは分離された構造を作る(液−液 相分離)、とても面白い現象だと思います。RNAとネバネバの性質を持つタンパク質どうしが集まって油滴のように分離した構造を作るというイメージでしょうか。

一方で、これは新しい概念のようですが、実は、高校の生物学で習う細胞小器官にも液−液 相分離によって作られているものがあります。それは、核小体と中心体です。膜で隔てられていないのにどうやって構造を作っているのか? その秘密が液−液 相分離によってできる構造だったのです。私自身もこの2つの構造がどうやって作られるのかと思っていたのですが、液−液相分離の話を聞いてはじめて納得がいきました。

TM氏の言葉を借りれば、液−液 相分離による細胞内顆粒の研究は、「ここ十年で最大のホットトピックの一つ」だということです。近年、Cell誌などに多数の論文が発表されています。今後もいろいろと面白い話が出てきそうです。

このエントリー作成あたっていろいろ教えてくださったTM氏(個人的にとても仲良くさせていただいている東京大学の先生です)に感謝致します。

技術としてのプレゼンテーション

スクリーンショット 2016-04-14 16.21.30

昨年4月に生化学若手の会(中四国支部)のメンバーの方に向けて行ったプレゼンの資料(PDFです。

技術としてのプレゼンテーション(PDF 1.8MB)

特に、2,プレゼンの極意(スライド)、3.プレゼンの極意(発表)、4.データをプレゼンするとは? のうち、「わかりやすさ・かっこよさ・発表しやすさ」に絞った話をしました。

ここに書いてあることがいつも自分で実現できているわけではないことを断っておきます。

 

エネルギーが制限された状態では細胞質が固くなる。

A pH-driven transition of the cytoplasm from a fluid- to a solid-like state promotes entry into dormancy.

Munder MC, Midtvedt D, Franzmann T, Nüske E, Otto O, Herbig M, Ulbricht E, Müller P, Taubenberger A, Maharana S, Malinovska L, Richter D, Guck J, Zaburdaev V, Alberti S. Elife. 2016 Mar 22;5. pii: e09347. doi: 10.7554/eLife.09347. PMID:27003292

A glucose-starvation response regulates the diffusion of macromolecules.

Joyner RP, Tang JH, Helenius J, Dultz E, Brune C, Holt LJ, Huet S, Müller DJ, Weis K. Elife. 2016 Mar 22;5. pii: e09376. doi: 10.7554/eLife.09376. PMID:27003290

「細胞に対するイメージ」をガラッと変えてしまう研究というのはこういうのを言うのでしょう。こういう論文を読むと、とても興奮するとともに、今までの自分の知識を否定されたようで、「ナンテコッタイ!」と思わざるを得ません。

上記の2つの研究では、栄養が制限された状態では、通常の私達の細胞質の流動的なイメージとはまったく異なる、細胞質の物質の運動が制限された「固体のような」状態になる事を報告しています。

この細胞質の固体化現象は、基本的には栄養源(グルコース)を制限したり、エネルギー合成を制限したり、pHを下げたり、細胞のサイズを縮めたりすることで起きます。本質的には細胞のサイズが縮んで「分子の混み合いが高くなること」に起因しているようです。

これらの研究では、細胞内の分子の動きの観察で同じ手法が使われているのですが、こちらの細菌での研究が端緒のようです。この研究では代謝によって供給されるエネルギーのない状態では、細菌の細胞質での物質移動が著しく制限され「Glass-like」な状態になると言っています。

必見なのはこれらの論文で示されている動画です。条件を変えると細胞内の分子の動きが制限されるのがよくわかります。

さらに、びっくり仰天なムービーが!!

細胞質固体化条件では、酵母の細胞壁を取り除いても細胞壁があるときと同じ形のまま維持されてる!!

前者の論文では長細い分裂酵母の細胞壁を取り除きますが、pHが低い条件では細胞壁のないスフェロプラストがそのまま長細い形を維持します(Video 4)。私たちの常識(通常のpH条件)では、細胞壁がなくなったら細胞は丸くなるはずなのにぃ!

後者の論文では、意地でももともと丸い出芽酵母でやりたかったのでしょう。わざわざフェロモンでシュム―という長細い細胞を作られておいて同じ実験をしています。

これらの動画だけでも見る価値あります・・・というか動画だけ見たら十分かも。まさに百聞は一見しかず。

少し野蛮な喩えとしては、卵の殻を除いたらぷるんと丸くなるはずの中身が、タンパク質が変性しているわけでもないのに、ゆでたまごのように形を変えない状態になっているという感じでしょうか。

さてこの動きが制限される意義なのですが、前者の論文では動きが制限された状態では巨大なタンパク質の複合体ができる事を示しています。さらに、栄養が制限された状態で生き残るためにこの固体化ータンパク質の複合体形成が必要なのだろうと言っています。

さて、最後にちょっと気になるのは、この細胞質の固体化ー細胞の休眠状態が、それこそ「オレンジジュース程度の」pHの低下で誘導されるということです。休眠状態というのは、いわゆる「胞子」のような状態。・・・どこかで聞いた現象です。筆者らは酵母の他に細胞性粘菌の細胞でも同じ現象を見つけています。哺乳類の細胞のように大きな細胞ではこういう現象は見られていないようですが。こういう状態に置かれた時に、特定の遺伝子が発現するーそれが例の現象の本質だったりするのかもしれないと思ったり。

改変型GFPはウエスタンでの検出でも優れている?

よくわからない実験結果がでたのでここにアップします。

これまでずっとyEGFPという酵母のコドンに最適化したEGFP(enhanced GFP)を使ってきたのですが、最近さらにフォールディングが早いGFPを使い始めました(このエントリーでは”modified GFP”とします)。

私の研究室ではGFPをRocheの抗体(11814460001)を使ってウエスタンブロッティングで検出しています。ちなみにこの抗体は知り合いの研究者の方に教えていただいたのですが、二種類のモノクローナル抗体を混ぜたもので、少々お高いですが検出感度と特異性も高いのでかなり「使える」抗体だと思っています。なお、これらのモノクローナル抗体のエピトープがどこなのかは見つけられませんでした。

modified GFPには複数のアミノ酸の置換があるので、エピトープに変異が入っていて抗体で検出できない可能性もあります。そこで、modified GFPをがちゃんとこの抗体で検出されるのかを確かめるために、この抗体でウエスタンブロッティングをしてyEGFPとの検出度合いを比較しました。

すると予想外に、yEGFPの方はなんかボワッとしたバンドで、modified GFPの方はシャープなバンドとして検出されました(下図)。

Western blotting of GFPs

Rocheの抗体によるyEGFPとmodified GFPの検出:バンドの濃さに違いがあります。

 

なんでこんな違いが出たのでしょうか?

1)modified GFPに入っているアミノ酸置換によってモノクローナル抗体に対する親和性が上がった、2)SDS-PAGEで電気泳動しているとはいえGFPが何らかの構造をとっていてmodified GFPの方が抗体がエピトープにアクセスしやすい、などということが考えられるのかなと思います。その他何かおわかりになる方がいらしたらコメントを頂ければ嬉しいです。

まあ、使う側としてはmodified GFPの方がより良く検出されているしバンドがシャープなので、「今後の実験は全部modified GFPを使うぜ!」でいいのかもしれません。

ですが、特にウエスタンブロッティングでGFPを定量したいと思った時には、GFPの種類によってこういう違いが出るということを注意しないといけませんね。

 

遺伝子が発現しない?

最近、Twitterのタイムラインに「発現小町」というネタが流れてきました。

「この遺伝子が全然発現していないようなのですがいったいどうなっているのでしょうか」「あ、ここにストップコドンが入っちゃってます。」「ご指摘,ありがとうございました。」

という会話です。もちろん、「発言小町」をもじったジョークなのは間違いないでしょう。

ですが、実際に「発現小町」があったとして、上記の質問が出された時の答えはどうなるでしょうか?

ここで、実は本質的に注意しなければならないことがまずあります。「発現」という言葉の使い方です。従来、「発現」とは「ある形質が表現型に現れている状態」を指します。「形質の発現」という使い方が本来の使い方です。

それがいつの間にか、遺伝子・タンパク質に対して発現という表現が使えるようになりました。そうなるとややこしくなるのが、「遺伝子の発現」と「タンパク質の発現」という表現です。発言者はこれらを区別しているのか、それとも同じと捉えているのか?

少し前からよく使われる「(遺伝子)発現解析」という言葉は、多くの場合、マイクロアレイやRNAseqによる転写産物の解析を意味しています。遺伝子が転写されmRNAにまでなっている状態で「発現」というわけです。タンパク質になっていなくてもよいわけです。

でも質問に対する答えから予測するに、上記の「発現しない」は、明らかに「タンパク質が作られていない」事を意味しているように思います。この場合の「発現」には、転写+翻訳の過程が含まれています。結果として「ストップコドンが入っちゃって」たということは、翻訳の過程がうまく行かなかったということのようです。

実際問題として、標的のタンパク質が作られない場合には、「ストップコドンが入っている」という単純な理由だけではなく無数の理由が考えられます。その際、単純に「発現しない」という言葉で終わらせるのではなく、遺伝子構造は確かめたのか、mRNAまでは作られているのか、作られたタンパク質の検出法は確かなのか、などなどいろいろと確かめなければならないことがあります。

私たちの研究室では、「標的のタンパク質を酵母内で作れるだけ作らせる」という研究を行っていますが、その際にまったく理由はわからないけれども全然作られない(発現しない)タンパク質もたくさんあります。

ですので、単純に「全然発現しないのですがいったいどうなっているのでしょうか?」という質問には、ほとんど答えられないというのが正直な感想です。

「私の作ったプログラムが上手く動かないのですが一体どうなっているのでしょうか?」という(よくある)質問と同じで、

「そんなもん問題を1つずつ切り分けて、1つずつ解決してくしかないよ」

という(よくある)答えが帰ってくるだけでしょう。

 

次の酵母研究を牽引するのは「進化実験」だ。

ここの所、ある用事のために調べ物をしていてたどり着きつつある結論がある。それは、今後しばらく酵母研究のイノベーションは「進化実験」からもたらされるであろうということだ。

次世代シーケンシングは進化実験を根本的に変えた。次世代シーケンサー以前は、酵母の変異株を取得してもその実体を探ることは容易ではなかった。

表現型に強い影響をあたえる変異箇所が一点(1つの遺伝子)に決まるようであれば、遺伝学的手法でそこにたどり着くことができた。しかし、一箇所以上となればお手上げに近い。ゲノム全体が再編成するようなことが起きる場合には手が出せない。それが従来の遺伝学の限界だったとも言える。

ところが、次世代シーケンサーの普及により、変異体のゲノムをそのまま全部解析することができるようになった。シーケンサーの精度からして、一箇所よりは複数箇所、さらにはゲノム全体の再編成が伴う場合のほうが、より解析がやりやすい。つまり、進化した酵母株のゲノム解析のハードルはなくなった。というよりそこに革命(破壊的イノベーション?)が起きた。

次に、(持続的イノベーションにより)以前よりも深い深度で読み取られた情報の解釈できるようになっている。すなわち、酵母ゲノムのほとんどすべての遺伝子の機能がわかり、それらのつながりが分かるようになった。得られたゲノム情報から、「何が起きているのか?」を予測できる土壌がすでにできているのだ。

そして、進化実験には微生物である酵母ならではのメリットがある。

CRISPR/Cas9 systemが作られてから、遺伝子破壊(あるいは遺伝子機能の改変)が、酵母以外のあらゆる生物で容易に行えるようになった。以前の最大の強みであった、「合成致死」の解析も今や哺乳細胞で行うことができる。むしろ、酵母のSGAよりも手間が少ないかもしれない(コストは別にして)。

だが、進化実験はそうは行かない。進化には「世代」が必要である。単一の集団を大規模に継続的に培養し続けたり、複数の系統(株)を並列で長期間にわたって培養し続けたりする必要がある。前者は哺乳細胞でも不可能ではない(コストは酵母よりも圧倒的にかかるだろう)が、後者はやはり培養スケールが小さく、世代時間が短い微生物でなければ、現在の技術では難しい。実際、小スケールで並列に連続培養ができるシステムも構築されている。

したがって、何らかの摂動条件にさらした酵母を進化させ、その結果を次世代シーケンサーによって解析するということは、現代だから酵母だからできる研究ということになる。(一般的な細胞のモデルとしての大腸菌でも可能であるが、真核細胞のモデルとしては酵母だろう)

私は、酵母を用いて「進化の原理」を対象とした実験をすべきとは思っていない。進化そのものを知ることは、やりたい人にやらせておけば良い。そうではなくて、進化実験を道具・実験技術として用いるのだ。自分が知りたい生命現象の謎を解くための道具として進化実験をつかうのだ。

上記の摂動が生物に与える影響を知るために、生命はどのような方法によって、どのようにシステムをリアレンジすることによって摂動に対応しうるのか、その解をしり、そこから逆に摂動の本質を知る。

これは、正常な状態の細胞のシステムとしての理解が十分に深まっている酵母だから可能なのだ。

2002年のYeast MeetingでMark Johnstonは、「酵母のすべての遺伝子がKnownになった時、酵母研究の黄金期が始まる」と言った。この現状を意図したことはどうかはわからないが、実際に彼の言ったとおりになりつつあると思う。それが最も大きく反映されるのが、進化実験だろうとおもうのだ。

 

遺伝子の必須性は細胞の進化可能性にリンクした定量的特性である

Gene Essentiality Is a Quantitative Property Linked to Cellular Evolvability.

Liu G, Yong MY, Yurieva M, Srinivasan KG, Liu J, Lim JS, Poidinger M, Wright GD, Zolezzi F, Choi H, Pavelka N, Rancati G.

Cell. 2015 Dec 3;163(6):1388-99. doi: 10.1016/j.cell.2015.10.069. Epub 2015 Nov 25. PMID:26627736

遺伝子を破壊した時に、その遺伝子を持つ生物が生存できない時、その遺伝子は「必須(essential)である」と言います。

出芽酵母では2002年にすべての遺伝子の破壊株が調べられて、全体の18%(約1000の遺伝子)が必須であるとされました。

遺伝子が必須かどうかは、基本的には破壊株が取得できないことで判別します。酵母の場合には四分子(テトラド)解析ができるので、野生型なら生えてくるはずの4つの胞子のうち、標的の遺伝子が破壊された染色体をもつ胞子が生えてこなければ、その遺伝子は必須であると判断されます。

余談ですが、必須性の意味については昔から私なりに考えていることがあり、HPにエントリーを書いたことがあります。

さて、今回の論文なのですが、この「必須性」の定義にチャレンジした論文と言えます。必須と分類されている1106の遺伝子について、もう一度自分たちで破壊株を作り直し、破壊株が生えてこないか(本当に必須か)をもう一度精査に検証しました。

3ステップによる検証により、990は破壊した時に細胞の増殖が見られない「真の必須遺伝子」であることがわかり、88は壊すと「著しく増殖は悪いが増えることができ、かつ破壊株の増殖速度が一定でない」という性質を持っていて、これまでの必須の定義に当てはまらないことがわかりました。

ちなみに、「壊したら増殖速度が落ちるが、破壊株の増殖速度は一定である」時には、その遺伝子は必須ではない(non-essential)とされます。

これは、これらの88の遺伝子破壊株が「evolvable(進化可能である)」ことを示しています。つまり、標的遺伝子が破壊されたことを別の遺伝的変化によって補い、増殖速度を回復してくる(進化する)という性質を持っているということです。

ではどんな進化が起きているのでしょうか?

具体的に増殖速度が回復した遺伝子破壊株を調べてみると、多くのもので染色体の構成が変化していました。一倍体だったはずなのに、二倍体や四倍体になっていたり、染色体の一部や全体が倍化しているもの(Aneuploidy)もありました。

また、核膜孔複合体やSRP複合体などを構成する一群のタンパク質をコードする遺伝子の破壊株では、複合体ごとに決まった染色体の倍化が起きていました。これは、これらの複合体の異常が、それぞれ決まったメカニズムにより補償されるということを示しています。

実際、倍加した染色体上のBRL1の発現量が増えることが、核膜孔複合体の破壊株の進化可能性を補償しているという実験結果を著者らは示しています。

最後に:必須遺伝子と非必須遺伝子の中間に、「進化可能な必須遺伝子」があることを示したのが、この論文の最も大きなインパクトと言えます。

実は、増殖の遅くなる非必須遺伝子の破壊株でも、そのダメージから回復するため進化が起きることが知られています。この論文はこれまで必須とされてきた遺伝子のなかにもそのようなものがあることを示しているのです。

でもそうなると、「(進化可能な)非必須遺伝子」と「(進化可能な)必須遺伝子」の違いは本質的にあるのか?と問いたくなります。結局は、必須・非必須は不連続ではなくて、連続的に(定量的に)捉えなければならない性質なのでしょう。

その中でも「壊したらまったく生えてこない」という遺伝子はあり、それを明確に同定したということにこの仕事の真の価値があるのかもしれません。

ちなみにこの研究、酵母の解析の徹底的な自動化に取り組んでいます。でなければ1000を超える株の解析はできなかったでしょう。一方で、テトラド解析は手動でやらなければならないはずです。論文には「7600のテトラドを分けた」と書いてあります。恐るべき数です。

酵母の学会では、制限時間内にどれだけテトラドを分けられるかを競う「テトラド選手権」が開かれることがあります(勝者を紹介する動画)。テトラドをさくさくと分けていく技能は酵母研究者の証なのです(・・・という私はテトラド解析が苦手なのですが)。

「赤色蛍光タンパク質 yEmRFP/mCherry が切れちゃう謎」が解決した

蛍光タンパク質は今の分子生物学実験にはなくてはならない重要なツールです。一番初めに見つかった蛍光タンパク質は下村脩先生が発見したクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP、図1)で、様々な研究に使われているのはご存知のことかと思います。

3D printed GFP

図1. 3DプリントしたGFP。本エントリーとは直接関係ないが、かわいい。

 

GFPにつづいて様々な特性を持った蛍光タンパク質が続々と発見・開発されています。いろいろなカラーの蛍光タンパク質はその一つですが、同じ蛍光タンパク質と言ってもだいぶ特性が違ったりするので、GFPと同じつもりで扱うと実験が思ったように行かないこともあったりします。例えば、「蛍光タンパク質によって細胞毒性が違うよ」、といった論文もあります。

私たちはGFPを酵母が死ぬほど発現させてみるといった実験を行っているのですが、赤色蛍光タンパク質(yEmRFP/mCherry*)を使っても同様な実験をしています。

*yEmRFPは、酵母のコドンに最適化したmCherryです。yEmRFPとmCherryはタンパク質としては同じものです。

さて、ある時、yEmRFPを大量発現している酵母の全タンパク質をLDS-PAGEで電気泳動してみました。すると、yEmRFP(26.7kDa)と同じサイズのタンパク質に加えて、サイズの小さなバンドが2本見えました(図2、紫色の矢印)。

Electrophoresis of yEmRFP/mCherry

図2. yEmRFPの電気泳動。切断された小さなバンド(紫色の矢印)が見える。

 

これらのサイズを足すとちょうどyEmRFPと同じになるので、下の2本のバンド切断されたyEmRFPではないかと思いました。酵母の研究者メーリングリストで問い合わせた所、yEmRFPが切れることをご存知で、だけどどこで切れるのか、それをどうしたら解決できるのかがわからないという研究者の方がいることがわかりました。

それなら自分たちで切れているところを特定してみよう、ということでタンパク質の質量分析の専門家である明治大学農学部の紀藤圭治先生にお願いして、上記のBand1とBand2のアミノ酸配列の解析を行っていただきました。

結果の詳細はここでは割愛しますが、図3の灰色の線の中のどこかで切れているということまではわかりました。しかし、場所をはっきりと特定することはできませんでした。

Structure of yEmRFP

図3. yEmRFPの1次構造。質量分析の結果、黒線のどこかで切れているということまではわかった。赤で囲まれた部分が発色団を形成するアミノ酸。

 

それが昨年2014年の4月頃。これ以上深入りするのは難しいと考え、このプロジェクト(?)は一端ペンディングとなりました。

それがまた動き出したのは、ひょんなきっかけからです。

今年2015年の11月にシンガポールで開かれた学会に参加した時に、知人に紹介していただいた早稲田バイオサイエンスシンガポール研究所(WABIOS)の北口哲也先生の研究室を訪ね、北口先生の研究についてお話いただきました。北口先生は蛍光タンパク質の専門家でした。

それで北口先生なら何かご存知かもしれないと思い、「yEmRFPが切れる謎」についてお尋ねしたわけです。北口先生も切れることはご存知でしたが、どこが切れるかはご存知ではありませんでした。

ただ、「(専門家なので)質量分析の結果を見ればどこか特定できるかもしれない」とおっしゃっていただきました。ということで、帰国して質量分析の結果をお送りし、どこが切れているかの予想をたてていただきました。

北口先生の予想は、「発色団の近くで切れている」というものでした。蛍光タンパク質は、図3の赤色で囲んだアミノ酸どうしが化学結合を起こして発色団を自律的に形成する特徴があります。ある種の蛍光タンパク質では、これに引き続いてアミノ酸内部のバックボーンが切れるらしいのです(図4)。yEmRFPの切断もきっとこれだろうということでした。さすが専門家、あっという間に場所を特定です。

Fluorophore

図4. 蛍光タンパク質の発色団の形成。アミノ酸のバックボーンが切れるものもある。Chudakov 2010より。

 

で、じゃあどうしたら切れなくなるか、ということなのですが、北口先生の最終的な助言は、「発色団のアミノ酸のYをGに変えれば、発色団が形成されなくなりきれなくなるだろう(1)。それでも切れたら別のところが切れている(2)。」というものでした。

もし1だったら:切れる謎は解けるから嬉しいんだけど、蛍光を持たなくなっちゃうのでRFPとしては使えないので悲しい。

もし2だったら:まだ謎は解けないけど、切断されないRFPを作れるかもしれないので嬉しい。

という事になります。ということで、YをGに変えた変異(Y72G)を作ってみました。図5は酵母細胞です。yEmRFPをたくさん作っている酵母(左から二番目)はピンク色なのですが、Y72Gを作っている酵母(一番右)では色がつかなくなっています。

yEmRFP mutants

図5. yEmRFPを発現している酵母。 左から、コントロール(yEmRFPを発現していない酵母)、yEmRFPを発現している酵母、Q71M変異(今回は関係ない)、Y72G変異を発現している酵母。

 

そして、ドキドキしながらタンパク質を電気泳動してみます。その結果は・・・。

yEmRFPとその変異体を大量に発現している酵母細胞の全タンパク質を解析した。Y72G変異では切断されたバンド(紫色矢印)が見えなくなっている。

図6. yEmRFP変異体の解析。yEmRFPとその変異体を大量に発現している酵母細胞の全タンパク質を解析した。Y72G変異では切断されたバンド(紫色矢印)が見えなくなっている。

 

切れなくなりました〜(図6のY72Gです)。

ということで、北口先生が考えたように発色団の近くで切れているということになりそうです。残念・・・だけどとにかく謎が解けたことは良かった。論文にする程の結末ではなかったということで、このブログのネタにさせていただきました。

ちなみに北口先生によると、「この発色団の近くでの切断では蛍光タンパク質の3D構造は崩れない(細胞内でタンパク質がバラバラになることはない)ので、蛍光タンパク質として利用する分にはたいてい問題ない」、とのことでした。

専門家に意見を伺うことは本当に大事、というエントリーでした。ご協力いただいた紀藤先生、北口先生どうもありがとうございました。

 

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余談ですが・・・私は以前別の目的でyEGFPの発色団の変異Y66Gを作ったことがあります。図2でも示しているように、yEGFPの切れたバントは全タンパク質の解析では見えないのですが、図7の紫矢印のようにウエスタンブロットでは切れたと思しきバンドが少し見えることがあります。これが、Y66G変異では見えなくなっています。yEGFPもわずかではありますが、発色団形成後にバックボーンが切れるのかもしれません。

yEGFP-Y66G変異のウエスタンブロット解析

図7. yEGFP-Y66G変異のウエスタンブロット解析。yEGFPも少しは切れているのかもしれない。

 

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20160120追記

この後もいろいろ調べてみたのですが、蛍光タンパク質(の変異体など)が発色団あたりで切れる現象はよく観察されているようです。また、「RFP(dsRed)はボイルしたらは発色団あたりで切れる」というのが初期の研究でわかっていたようです。ですので、RFPは in vivo(in yeast)では切れていなくて、SDS-PAGEで解析する時に切れているようです。

「実験を始める前に文献をしっかり調べろ」ということではあるのですが、科学研究が大きく広がっている現代ではなかなかすべてを調査することは難しい現実もあります。専門家の意見を聞いたり、実際に実験をしてみたりしながら過去の知見を自分たちの知識として蓄えていくという過程も必要かと思います(言い訳ではありますが)。