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2020-06-052020-06-15

シリーズ過剰発現・第1回「過剰発現とは?」

過剰発現(overexpression)とは、遺伝子が通常よりも多く発現し、それによって生命の機能に何らかの影響が及ぼされることを指す言葉です。この言葉は、20万報近い論文で使われている一般的な生物学用語ですが、この言葉、この現象を追求していくと、生命のシステムとしての本質が見えてきます。少なくとも、ずっと過剰発現を自分の主要な実験系として使ってきた守屋は最近そう思っています。

そこで、今回このブログを使って、守屋が考える過剰発現について、シリーズで解説を試みようと思います。「過剰発現」が生物学の歴史でどう捉えられてきたか、どんなやり方で過剰発現が起きる(起こされる)のか、そして過剰発現実験から生命の何が分かるのか、といったことをシリーズで解説していく予定です。どれだけのボリュームになるのか、途中で力尽きてしまうのか、今の時点では分かりませんが、できるだけ頑張ってみようと思います。


過剰発現(overexpression)の定義とは?

さて、シリーズの第1回として、まずは「過剰発現(overexpression)」という言葉そのものの定義から考えてみたいと思います。というか、その前に「発現(expression)」について考えましょう。

図1-1. 遺伝情報の流れと「発現」という言葉の使われ方。近年は、転写と発現が同じ意味で使われる。翻訳の場合には「合成」ということが多い。本シリーズではこれらを区別せず、「発現 (expression)」ということにする。

図1-1は遺伝情報のながれついて説明したものです。古典的な遺伝学では、遺伝子の情報が形質として現れることを「発現」と呼んでいます。一方、近年の分子生物学では、遺伝子が転写されることを指すことが多いようです。例えば、「発現解析」といえば、たいてい転写産物(mRNA)が細胞内に出現しているかどうかを調べる解析を指しています。したがって、現代の多くの研究者の中では「発現=転写」と考える人が多いように思います。一方、なぜかタンパク質が翻訳レベルまで行くと、発現という言葉は相応しくなく、合成(production)といって区別することが多いです。ただ、発現の本来の意味が、(タンパク質の機能の結果としての)形質の発現である以上、「発現=転写」と言っていいならば、「発現=転写+翻訳」といっても良くないですか? というわけで、本稿では発現という言葉を用いるときに、転写や翻訳を区別しません。タンパク質が細胞内に現れるときも発現ということにします。「発現」という言葉に関しては、以前別のエントリーでも書きました。

遺伝子が発現しない?

さて、では過剰発現とはどういう状態でしょうか? 「過剰」というくらいですから、通常よりも多く発現している状態でいいでしょう。ただ、そうなると通常って何、どれくらい多かったら過剰なの、という疑問がわいてきます。多くの場合、表現型に(通常起きないような)影響を与えるほどの過剰であれば、「過剰発現」と言っていいのだと思います。それでは、そもそもその生物が持っていない外来タンパク質の場合にはどうでしょうか? もともと発現してないので、通常の発現量や過剰度合いというものが存在しません。その場合でも、外来タンパク質を発現したことで表現型に何らかの影響が及ぼされたときには過剰発現という表現を使うケースもあると思います。

過剰発現が使われる文脈、局面

過剰発現がどのような文脈で使われるかというのをこのシリーズの始めに解説していきますが、その例として、「overexpression」をタイトルに含む、もっとも引用されている論文 Top5 をみてみたいと思います(図1-2)。

図1-2. “overexpression” をタイトルに含む、引用のもっとも多い論文 Top5.

がん細胞の薬剤耐性、低酸素への適応、アポトーシスの阻害、植物(シロイヌナズナ)の人為的過剰発現(トランスジェニック)による塩耐性の付与、昆虫(ショウジョウバエ)でのトランスジェニックによる寿命の延長がリストされています。これらは後で述べる、表現型により見つかった「(順)遺伝学」に分類される過剰発現の例と、逆遺伝学による遺伝子機能解析の例と言えます。

このような例を含んで、過剰発現が意味をなす局面を大まかにまとめたのが図1-3になります。

図1-3. 過剰発現が意味をなす局面

1. 先ほどあげた、薬剤耐性やストレス耐性といった適応現象の他、2. 染色体数の増加を特徴とするがん、ダウン症候群、異常タンパク質の蓄積により生じる神経変性疾患(これらはまとめて「過剰発現病」といわれたりします)、3. 異種タンパク質を大腸菌などの宿主を使って大量発現・精製し、その機能や構造を解析したり、その組換えタンパク質そのものを使う細胞工学、4. 細胞の代謝を改変するなどの目的で、内在性あるいは異種のタンパク質を発現させる合成生物学、5. 遺伝子の機能解析を主な目的とした遺伝学手法としての過剰発現、これは高等生物では「トランスジェニック」と言われることが多いです。そして 6. タンパク質や分子ネットワークの構成原理を探ろうとするシステム生物学における過剰発現などが考えられます。

本シリーズでは、これらのうち特に5と6に焦点をあてて解析していく予定です。なお、本シリーズの解析は出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)で行われた研究を中心に解説します(筆者が酵母の研究者だからです)。

ちなみに、筆者はこれまでに大腸菌と酵母を実験材料として研究を行ってきました。その中で実際にどのような目的でどのような手法を用いて遺伝子を過剰発現させてきたかを参考までに書きます。

  • 大腸菌にて
    • HrpAタンパク質をGST融合タンパク質として過剰発現し、アフィニティ精製し、生化学実験にもちいた。
    • 上記のコンストラクトをもちいてHrpAタンパク質を細胞内で過剰発現し、遺伝子発現に与える影響を観察した。
  • 酵母にて
    • Elm1タンパク質を細胞内でGAL1プロモーターから過剰発現させ、細胞に与える影響を観察した。
    • Yak1タンパク質を酵母細胞内でGST融合タンパク質として過剰発現し、アフィニティ精製し、生化学実験にもちいた。
    • 様々な部位欠失型Rgt2タンパク質を過剰発現させ、グルコース誘導経路に与える影響を見た。

第2回目に続く。

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