酵母でSARS-CoV-2ゲノムを再構築

相同組換え活性の強い出芽酵母は、初めての合成ゲノムの構築に用いられました。酵母で容易にDNAを連結できることは古くから知られていましたが、この1000kbにも及ぶマイコプラズマゲノムの再構築によって、酵母で長鎖のDNAを連結させる技術は完全に確立したといって良いでしょう。そして、その技術を利用すれば、(たった)30kbしかない新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノムを再構築することはとても簡単なのです。そして、それを実際にやったのが以下の論文です。

Rapid reconstruction of SARS-CoV-2 using a synthetic genomics platform. Thao TTN, Labroussaa F, Ebert N, V’kovski P, Stalder H, Portmann J, Kelly J, Steiner S, Holwerda M, Kratzel A, Gultom M, Schmied K, Laloli L, Hüsser L, Wider M, Pfaender S, Hirt D, Cippà V, Crespo-Pomar S, Schröder S, Muth D, Niemeyer D, Corman V, Müller MA, Drosten C, Dijkman R, Jores J, Thiel V.Nature. 2020 May 4. doi: 10.1038/s41586-020-2294-9. Online ahead of print.PMID: 32365353

この論文では、新型コロナウイルスのゲノムをDNAとして酵母で再構築した後、そのDNAを酵母から取り出し、試験管内でRNAとして転写、そのRNAを細胞にトランスフェクションすることで、新型コロナウイルスを実験室で生み出すことに成功しています。

これにより、新型コロナウイルスの各遺伝子の機能、ウイルスの亜種がもつ変異がウイルスの複製や感染にどのような影響を及ぼすかといったことを調査することが可能になり、感染防止や治療などに大いに貢献することが期待できます。「(酵母で)長鎖DNAを人工的に作る」という合成ゲノム研究の非常にわかりやすい実用例だと言えるでしょう。

昨年の12月初旬に感染症が確認され、今年の1月10日に新型コロナウイルスのゲノム配列が解読されました。著者らは1月14日にはウイルス再構成のためのDNAの合成を開始し、2月12日には実験室でウイルスを生み出すことに成功しています。たった1ヶ月です。

私たちも実験室で酵母の組換え活性を利用したDNA組換えを行っています。私の研究室の誰でもができるとても簡単な実験です。私は、新型コロナウイルスのゲノムDNAの配列をデータベースで調べた時、それが(たった)30kbであり、私の研究室でも再構築しようと思えば簡単にできることに恐怖を覚えました。

法令による規制があるため私の研究室でウイルス作成の実験を行うことは許されていません。しかし、やろうと思えば技術的な制約はほとんどない。誰でも致死的なウイルスが作れるし、それを改変することができる。とんでもない時代になったと思ったのです。ウイルスの研究者にとってはずっと前から当たり前だったのかもしれません。ただ、身近な技術で自分の手でも実現可能だと気づくというのは結構な衝撃でした。

この論文には(当然ながら)、「危険性と利益の評価を行い、スイスの連邦公衆衛生局からの許可を得て行っている」との Ethical Statement があります。ただ、そのStatementさえあれば、「致死的なウイルスを簡単に作れる」ことを示した論文がさらっと出版されてしまう時代なんだなということは分かっておく必要がありそうです。これは一方で、相互の信頼に基づく「正義」を前提に科学が存在していることを示す良い例なのかもしれません。

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