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2020-06-062020-06-22

シリーズ過剰発現・第2回「遺伝学の3つのフェーズ」

シリーズ過剰発現、第2回は過剰発現を遺伝学の歴史の文脈の上で捉え、過剰発現の使われ方と考え方にどのような変遷があったのかを考えてみたいと思います。ここで紹介する遺伝学のフェーズの変化のなかで、特に3番目の「次世代遺伝学」は筆者独自の考えです。一般的な認識ではないのでご注意ください(多分そんなに間違っていないと思いますが)。

図2-1. 遺伝学の3つのフェーズ

図2-1では遺伝学の3つのフェーズを解説しています。本エントリーでは順遺伝学と逆遺伝学についてまずは紹介し、その後のエントリーで次世代遺伝学について解説します。

遺伝学はもともとは、天然に、あるいは変異原をもちいて発生する対象生物の表現型の違いをたよりに、その原因となっている遺伝子(そしてタンパク質)の機能にたどり着くことにより行われてきました。酵母でのノーベル賞研究を例にとれば、細胞周期異常変異体(cdc変異体)、細胞内輸送異常変異体(sec変異体)、オートファージー異常変異体(atg変異体)の体系的な取得にはじまり、それぞれの原因遺伝子の同定、そしてそれらがコードするタンパク質の機能の解明により、これらの生命現象の分子メカニズムが明らかになっていったのです。このフェーズは、純粋に遺伝学のフェーズと言えるのですが、後に主流となる逆遺伝学との対比で、「順遺伝学」と現在では呼ばれたりします。この順遺伝学は、特にゲノム解読が終了する前の、ゲノム上のどこにどんな遺伝子があるか分かっていなかった「プレゲノム」時代の中心的なアプローチでした。

次に述べる逆遺伝学が導入される前の段階では、過剰発現は、癌やたまたま取得された変異体の適応現象(薬剤耐性やストレス耐性)の例として知られていたものと思われます。

1990年代、順遺伝学で得られた変異体の原因遺伝子の同定や、条件依存的に発現が変わる遺伝子の取得(いわゆる発現スクリーニング)、プロテインキナーゼや転写因子などのファミリー遺伝子の取得、そして進行中のゲノム解析の結果などから、研究者は次々と「新奇遺伝子」を手に入れていました。これらの遺伝子の機能を探るため、遺伝子破壊(ノックアウト)やノックダウン、過剰発現などの「逆遺伝学」が使われるようになりました。逆遺伝学が「逆」なのは表現型から遺伝子にたどり着くのではなく、遺伝子(を人工的に操作すること)から表現型にたどり着くという道筋をとるからです。

人工的に遺伝子の機能をなくす遺伝子破壊と、人工的に遺伝子の機能を亢進させる過剰発現は、逆遺伝学を象徴する中心的な2つのアプローチと言えます。逆遺伝学ツールとしての過剰発現による機能解析の例を見てみましょう(図2-2)。

図2-2. 逆遺伝学ツールとしての過剰発現実験の例(Prelich Genetics 2012より)と、過剰発現を逆遺伝学ツールとして用いた初期の研究例、ならびにその論文のイントロダクションの最後のパラグラフ。

モデル生物で、特定の遺伝子を過剰発現させたことにより生じた表現型からその遺伝子の機能を探る(類推する)、あるいは、その遺伝子の過剰発現が引き金となり、その表現型を生じさせることが可能な経路があることを示す、といった実験の例が示されています。例えば A では、ショウジョウバエのeyelessという遺伝子の過剰発現により引き起こされる異所的な目の発生が示されています。eyelessには目を作る機能があるということが分かるとともに、eyelessさえ(過剰に)発現してしまえば体中のどこにでも目を作ることができる、つまり体中のどの細胞にも内在的に目を作る経路が存在することを示した例と言えます。

こういった、過剰発現を逆遺伝学のツールとして使う研究は、1980年代の後半から行われ始めたようです。図2-2の右に示しているのは、過剰発現をツールとして用いて遺伝子(タンパク質)の機能解析を行った初期の研究の1つです。著者は細胞周期の研究でノーベル賞を受賞した Hartwell博士 です。この論文では出芽酵母でのチューブリンの過剰発現が引き起こす異常について報告しています。図2にはイントロダクションの最後のパラグラフを引用しています。RNAiやゲノム編集技術の開発以前は、多くの生物で遺伝子破壊・ノックダウンは簡単に行えるものではありませんでした。それに比べて過剰発現はそれらの生物では比較的行いやすいため、遺伝子の機能解析のツールとして有用であろうと書かれています。

当時大学院生だった筆者も、酵母の遺伝子の機能解析を行うのに過剰発現実験を行っていました。図2-3の写真は当時の実験結果の1つです。ELM1という遺伝子を過剰発現させると酵母の細胞の異常伸長がみられました。このことからELM1は酵母の形態形成に関わる遺伝子であろうと考察しました。

図2-3. 逆遺伝学としての過剰発現

ゲノム解読が終了しポストゲノムの時代に入ると、これらの遺伝子破壊と過剰発現の逆遺伝学は遺伝子解析の中心的なアプローチとなります。すべての遺伝子を破壊した破壊株ライブラリー、過剰発現する過剰発現ライブラリーが構築され、すべての遺伝子を体系的(システマティック)に解析することが可能になりました。第3回では、特に出芽酵母を例にとり、システマティックな過剰発現について解説します。

第3回に続く。

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