2026-08-082026-08-08 実は酵母はモケモケだと言う話 酵母にとって細胞壁はとても大事なので、一生懸命作り込んでいる 最近、私の研究室の博士後期課程の学生のFさんが、酵母の細胞壁に興味を持ち始めて、細胞壁の事をあれこれ研究しています。 酵母は真菌、つまりカビの仲間で細胞壁を持っています。この細胞壁があることでいろいろなストレス環境でもたくましく生きていくことができます。例えば、糖分が高いぶどうの絞り汁からのワインの発酵、塩分が高い醤油や味噌の発酵などです。生物学の教科書的には、浸透圧が変化しても耐えられる細胞の作りになっているということですかね。 酵母の学会に出ていると真剣に酵母の細胞壁がどうやって作られるかを研究されている研究者がいます。私は自称酵母マニアのくせに、どうも細胞壁の話には興味がわきませんでした。たぶん、これを突き詰めても、「酵母(のみ)の研究」にしかならず、生物学の普遍的な原理に行きつくことはないと思ってしまったからかもしれません。あるいは、「単なる細胞の外側を取り囲むかたい構造」という解像度でしか細胞壁を認知していなくて、面白みを感じていなかったというのもあると思います。要するに、何も知らなかったから面白いと思わなかったんですね。 Fさんが細胞壁を調べたいと言いだしたときも、「ふーん、やりたいならやってみればいいんじゃない(私は興味ないけど)」みたいな感じだったんですが、知れば知るほど面白い。酵母がいかに必死に細胞壁を作り込んでいるか、いまはもう、「高度に洗練された建築物」に見えています。細胞壁が神々しく見えます。 実際のところ、細胞内の構造物(核やミトコンドリアや小胞体など)は、すべて神々しい洗練された構造物なんですよ、だから全部すごいんです。一方で、細胞壁は外界との接触があるところ、細胞にとっての「砦」です。砦がいい加減な作りで良いわけがない。万里の長城みたいにどれだけ労力をかけてでも堅牢なものを作りたいでしょう。それと同時に外部との物質のやりとりもしなければならないし、仲間か敵かを判断するのもその砦の役割です。 そんなわけで、酵母は細胞壁を作るために、沢山の酵素を使ってすごく複雑な反応を連続して行っています。細胞の中で材料を作って送り出したり、細胞膜で細胞壁の材料を紡いで外に送り出したりしています。そういう図は良く学会や酵母の学術書で見せられるけど、私には複雑すぎてピンとこなかったというのが正直な感想でした。けれど、その「意義」がわかると、とたんに知ろうとする意味が出てきます。材料(主に糖とタンパク質)をどういう風に加工して細胞壁という構造を生物は紡ぐのか。これはとても面白い課題です。細胞壁はないですが、糖の鎖は私たちの細胞の表面にもあって、それを作るときには酵母が細胞壁を作るときと同じような酵素が働いています。まさに、生物の一般原理もそこ含まれていたんです。そのあたりはこの総説などに詳しく書かれています。 出芽酵母の細胞壁を電子顕微鏡で見てみる それでは、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の細胞壁を見てみましょう(図1)。東海電子顕微鏡解析という会社に依頼して撮影して頂いたものです。Fさんが主著者のこの論文のデータをとるために撮った画像で、細胞壁を見るために行った解析ではありません。「急速凍結・凍結置換法」という方法で、「細胞を生きたまま瞬間的に凍結固定し、その後、低温下で細胞内の水分を有機溶媒と置換する技法です。」と会社のHPにあります。 図1. 急速凍結・凍結置換法で得られたS. cerevisiaeの電子顕微鏡写真。外側の白い層が細胞壁 細胞の周りと取り囲む白い壁、これが細胞壁ですね。私もなんども見てきた酵母の構造、画像です。この細胞壁は、実際にはいくつかの層(layer)からできていて内側から、キチン、グルカン、マンナンという異なる糖鎖が層を作っています(図2)。連なった糖の鎖が縦横に連結されて強固な構造を作っているということですね。 図2. S. cerevisiaeの細胞壁の構造。Mirseyed et al, Heliyon, 2024より引用。一部改変 一番外側のマンナンの鎖は長くなると150個くらいマンノースが繋がった鎖になるそうです。図1の電子顕微鏡写真では一番外層で少しモケモケっとしたところがマンナン層なんだと思います。 出芽酵母は思ったよりずっと「モケモケ」だった ここまでは、まあ、私もよく知る酵母の細胞壁です。無味乾燥した堅牢な構造物のたとえとして、「コンクリートの壁」なんて言葉が使われますが、まさにそんな感じ。正直つまらない。 だったのですが、(なぜか)細胞壁に興味を持ち始めた学会帰りのFさんが、人づてに聞いてきた急速凍結レプリカ電子顕微鏡法で酵母の細胞壁を見たいが良いか、といってきました。大阪公立大学の宮田真人先生がこの解析を受託で行っていて、私も酵母の学会でこの方法で撮った画像をなんどか見たことがありました。「何が見えるか分からんけどやってみたいならどうぞ」、ということでFさんは大阪公立大学に出向いて顕微鏡画像を撮ってきました(図3)。 急速凍結レプリカ法は、上記の急速凍結・凍結置換法とちょっと違っていて、急速凍結したサンプルの表面をプラチナとカーボンでレプリカ(複製)してそのレプリカの電子顕微鏡解析をします。表面構造のデコボコを調べるのがとても得意な解析と言えるでしょう。 図3.急速凍結レプリカ法でで得られたS. cerevisiaeの電子顕微鏡写真。左が生の画像で、右は層に色をつけた。細胞質は緑、黄色がグルカン層、マゼンダがマンナン層。 これをはじめてみた感想、「めっちゃモケモケ、マンナン層って、こんなに分厚かったの?!」 確かに、上にも書きましたがマンナンは150個くらい連なって伸びるので、毛足の長いマンナン層が起毛したように立っていてこういう構造なるんだと言われればそうなんでしょう。けど、いつも見てる電顕写真、光学顕微鏡や蛍光顕微鏡の画像では酵母の表面はもっとつるっとしている。置換法では脱水過程でマンナン層がつぶれるためはっきりと見えなかったのだと思われます。 これは酵母を知り尽くしたいと思っている私にとって、かなりショックな出来事でした。酵母の顔がつるつるじゃなくてモケモケ。恐竜に羽毛があった可能性を知ったときくらいの衝撃です。酵母は人間みたいにすべすべの肌なんだよと思ってたら、猿くらい毛まみれだった! 私、出酵母の模型を3Dプリンターで打ち出して、皆さんにプレゼントしたりしてました(図4)。 図4.今までの出芽酵母の3Dモデル。 でも、これ、間違ってました。実際は、モケモケでした!(図5) 図5.出芽酵母の真の姿はこんな感じで「モケモケ」だった。 この酵母モデルをFさんに見せたら、さかんに「かわいい、かわいい」と言っていました。・・・酵母がモケモケだという事を自分で見つけた人間にしか持てない特殊な感性なのかもしれません。ですが、まあ、確かにクリスマスツリーのオーナメントとかに使えるかもしれませんね。 最後にーモケモケ細胞壁の不思議 以上、酵母は思ったよりモケモケだったと言う話でした。なお、急速凍結レプリカ電子顕微鏡法自体は昔からあります。ですからこの方法で酵母を見てきた研究者や細胞壁の研究者にとっては、酵母がモケモケなのは常識なのかもしれません。 それにしても、なぜ酵母はこれほどの糖鎖を細胞の外側に生やしているのでしょうか? 作るためにもエネルギーを使うし、そもそも糖はエネルギーになるのに、使えない形でたくさん細胞の外に出してしまっています。逆茂木のように何かから身を守っているのか、なにかの表面にくっついたり移動したりするのに便利なのか、酵母どうしで仲間か敵かを見分けてるのか? ・・・こういうのを考えるのが生物学の楽しいところですね。 参考文献 Liu JJ, et. al., Recent advances in the biosynthesis of fungal glucan structural diversity. Carbohydr Polym. 2024 Apr 1;329:121782. doi: 10.1016/j.carbpol.2024.121782. Epub 2024 Jan 7. PMID: 38286552. Mirseyed PS, et. al,. Green synthesis of yeast cell wall-derived carbon quantum dots with multiple biological activities. Heliyon. 2024 Apr 21;10(9):e29440. doi: 10.1016/j.heliyon.2024.e29440. PMID: 38699041; PMCID: PMC11064072. Cuskin F, et. al., Human gut Bacteroidetes can utilize yeast mannan through a selfish mechanism. Nature. 2015 Jan 8;517(7533):165-169. doi: 10.1038/nature13995. Erratum in: Nature. 2015 Apr 16;520(7547):388. doi: 10.1038/nature14334. PMID: 25567280; PMCID: PMC4978465. Share on FacebookTweet(Visited 109 times, 31 visits this week) エッセイ 酵母