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2020-11-122022-06-05

WTC846:これで決まり(?!)な酵母の転写制御システム

bioRxivに掲載されている、非常に優れた出芽酵母の転写制御システムの論文です(追記:eLifeに出版されました)。

A precisely adjustable, variation-suppressed eukaryotic transcriptional controller to enable genetic discovery Asli Azizoğlu, Roger Brent, Fabian Rudolf doi: https://doi.org/10.1101/2019.12.12.874461

遺伝子発現(転写)の人為的な制御は、分子遺伝学での必須のアプローチと言えます。遺伝子の機能を調べたり、遺伝子の機能で生命をコントロールしたり、有用なタンパク質や代謝物質を作らせたりといったときに、必ずと言ってよいほど人為的な転写の制御が行われます。

転写制御は、古くは生物が本来持っているプロモーターをそのまま使ったり、それを改変したり、それが制御できる化学物質を使ったり、という方法で行われてきました。それが近年になると、人工的な転写因子とそれに応答する人工的なプロモーターを使った制御へと改良されてきています。分子遺伝学的なツールが最も発達している出芽酵母(S. cerevisiae)でも、いくつもの「優れた」転写制御系が開発/利用されており、このブログの過去のエントリーでもいくつか紹介しています(例えばこちら)。

ただ、実際のところこれらのどれも「完璧」ではありませんでした。「転写誘導系が完璧ってどういうこと?」ってことなんですが、いくつか要件を上げてみたいと思います。

  1. ON/OFFがきれいにできること(漏れがないこと)
  2. ON/OFFが薬剤などで簡単に操作できること
  3. 転写量を調節できること
  4. 転写量の調節(ダイナミックレンジ)が広い範囲でできること
  5. 最大転写量が高いこと
  6. 系を組み込むのが簡単であること
  7. 標的遺伝子以外への影響が少ないこと
  8. 細胞間でのばらつきが少ないこと

今回開発された転写誘導系(WTC846)はこれらをほぼすべて満たしています。特に、これまでに実現できていなかった1、4、5を満たしているところがすごい。しかも、その完成に至る道筋が論理的でとても美しい。

構築方法を簡単に紹介したいと思います。まず前提として、出芽酵母での最強プロモーターは解糖系酵素をコードするTDH3のプロモーターです。これはいわゆる構成的プロモーターで、制御はできません。ずっとONです。そして、制御可能なプロモーターでこのプロモーターに匹敵する強さを持つものがありませんでした。つまり、制御可能なプロモーターでは頑張ってONにしてもタンパク質を大量に作らせるってことが難しかった。

そこで筆者らは、最強TDH3プロモーターをいじって、人工的にON/OFFにできるようにしました。具体的にはTDH3プロモーターの中にテトラサイクリンで制御可能なリプレッサーTetRの結合部位(tetO)を7カ所組み込んだプロモーター(P7tet.1)を作った。これでOFFはできるし、テトラサイクリンを入れてONにしたときにはTDH3プロモーターと同じくらいの転写量を実現した(上記2と3、5が実現)。

すごいのはここからです。4を実現する、すなわちテトラサイクリンの濃度に応じて広い範囲で転写量を調整できるように系の中に負のフィードバックを組み込みました。具体的には、TetRの転写抑制をTetR自身が行う回路を組み込んだ。そして、OFFの時の漏れを防ぐ(1を実現する)ために、もう一つリプレッサー(TetR-Tup1)を組み込んだ。

この系の組み込みは比較的簡単です(6を満たす)。リプレッサーのコンストラクトをゲノム上に組み込み、標的遺伝子のプロモーターをP7tet.1に改変する。また、外来の転写抑制なので7も実現できているでしょう。論文では、8も満たしていると記載されています。

というわけで、OFFの時は転写ゼロ、テトラサイクリンの濃度に応じて転写量が調整できて、最大TDH3プロモーター並みに転写できる、完璧な系ができあがりました。名付けて、Well Tempered Controller846 (WTC846) 。今後はこのプロモーターが酵母業界を席巻していくのかもしれません。

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テクノロジー 要チェック論文 過剰発現 酵母

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Comments (3)

  1. TM より:
    2020-11-13 12:27 PM

    846とは何かと思ったらBWVのことか。

    tetRの代わりにtetR-Tup1だけにしたのでは上手く行かないのでしょうか。

    返信
  2. Hisao Moriya より:
    2020-11-13 12:37 PM

    TMさん、私には由来までたどり着かなかったです。分かる人にはすぐ分かるネーミングってことですね。
    TetRの発現にフィードバックを入れることでダイナミックレンジを稼いでいるようです。ON/OFFをきっちりしたいだけならTetR-Tup1だけでもいいんだと思います。

    返信
  3. TM より:
    2020-11-13 9:30 PM

    さすがにBWV番号までは覚えていないのですが、Well-TemperedとあったのでWell-Tempered Clavierの洒落かなと思って番号をググりました。

    tetRの転写がTetRで抑えられるというフィードバックが掛かるデザインですよね。ここにさらにTetR-Tup1を入れるんじゃなくて、元のtetRの代わりにtetR-tup1の転写がTetR-Tup1で抑えられるようにしたらどうだろうと思ったのですが、実際には思ったようには振舞ってくれなかったのかもしれませんね。

    返信

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  1. 微生物実験でのイエローチップの(驚くべき)使い方 に MoriyaHisao より2022-10-22

    やってみたらいいと思います。ピペットチップを装着するよりも弱い力で曲がりますよ。

  2. 微生物実験でのイエローチップの(驚くべき)使い方 に tk より2022-10-18

    押し付けて折る方法、素朴にピペッターがダメになりそう感

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    Aberiさん、このあたりの「事情」は、代理店(あるいは ONT Japan)か…

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    素晴らしい!こういうのが本当の工夫ですね。

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