細胞周期と概日リズムに関するとある議論

数年前になるが、システムバイオロジーの国際学会に生命の周期活動のセッションがあった。

そのセッションで、細胞周期の数理モデリングの大御所が、30足らずの蛋白質からなる細胞周期の数理モデルについて発表した。それに続いて、概日(サーカディアン)リズムの専門家が、概日リズムにより変動する1000以上の遺伝子と、制御の中心と思われる転写因子のネットワークについて報告した。

会場の理論家とおぼしき人物からこのような質問があった。

「細胞周期に関わる遺伝子は30足らずなのに、概日リズムに関わる遺伝子は1000以上もあるのはなぜか?」

演者の答えは、「概日リズムの方がより体全体に関係があるから」というような答えだったと記憶している。

 

皆さんは、この違い、なんに起因していると思われるだろうか?

 

その原因は、アプローチの異なった研究をごっちゃにしてしまった「研究者の解釈の間違い」である。

「細胞周期の数理モデリング」では、これまでの生化学・遺伝学・細胞生物学の基礎知識から細胞周期を生み出すために必要な要素だけを抽出し、それをモデリングしている。いわばボトムアップなアプローチで、「周期のエンジン(core regulators)」を記述している。

これに対し、概日リズムの研究では、マイクロアレイ解析により概日リズムで転写レベルで変動するすべての遺伝子をとらえている。このトップダウンアプローチにより、同定された遺伝子が1000以上あった。この中には周期を生み出すために必要な要素もあるだろうが、その他のものは周期のエンジン(core regulators)によって「制御を受けている遺伝子(regulated genes)」なのである。

概日リズムに関しても、上記の研究などによりcore regulatorsが明らかになってきている。その数は、今のところ10程度である。細胞周期は出芽酵母でもっとも詳細に研究がなされているが、この6000の遺伝子をもつ生物で、細胞周期によって制御されている遺伝子(regulated genes)は500以上ある。

上記の質問は、regulatorとregulated geneをごっちゃにしてしまったことから生じている。上の数値を見る限り、細胞周期と概日リズムの両者のスケールはそれほど違わないようだ。

 

システムバイオロジーは、異分野融合の研究アプローチである。

理論家は、今見ているものは、何を調べるために、どのような実験系を用いて得られたデータなのかをしっかりと理解しておかなければならない。

これは逆に実験家についてもいえる。実験家は、モデルを見たときに、そのモデルが何を知りたくて、どのような方法論にもとづいて作られたモデルなのか、モデルに入っているもの/入っていないものを掌握しなければならない。

つまり「そのデータ/モデルが、私たちに何を知らせるのか/知らせないのか」をきちんと知った上で、その上にたった議論をしなければならないのだ。そのためには、理論と実験の両者を1人の人間が深く理解するか、理論と実験のそれぞれの専門家が、深い対話を繰り返す必要がある。

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