2023-05-272024-04-16 単細胞の酵母を巨大な「多細胞」に進化させた De novo evolution of macroscopic multicellularity. Bozdag GO, Zamani-Dahaj SA, Day TC, Kahn PC, Burnetti AJ, Lac DT, Tong K, Conlin PL, Balwani AH, Dyer EL, Yunker PJ, Ratcliff WC.Nature. 2023 May;617(7962):747-754. doi: 10.1038/s41586-023-06052-1. Epub 2023 May 10.PMID: 37165189 最近Natureに発表された論文で、各所で話題になっているようです。同じグループの酵母の多細胞化については2012年に発表された論文から始まっていて、実は新しい概念ではありません。当時、「これで多細胞化とよんでいいのか?」という議論が紛糾しました。多細胞化の原因となっている遺伝子(ACE2)を特定した論文については、このブログでも紹介しています。 基本的には「培養液中で沈んでくる」という選択を毎日ひたすら行って、単細胞性の酵母(Saccharomyces cerevisiae)を重くなるように進化させるというものです。今回は、600回(600日!)の継代を経て、目で見えるほどデカく進化させることに成功したということで、「それだけ続けてたらNatureに掲載されるまでいくのか!」というのが率直な感想です。 実際、「めちゃくちゃデカくなった」こと以外には、生物学研究として真新しい内容はなく、酵母細胞がカビの菌糸のように伸びてつながってそれが絡み合って大きな構造体を作っているだけです(それ自体がすごいのかもしれませんが)。細胞質はつながっていないし細胞の役割分担も行われていないので、「それって多細胞化(への進化)って言っていいの?」という、2012年にもいわれた疑義(?)は解決していません。 なぜならSaccharomyces cerevisiaeはそもそもカビの仲間(子嚢菌類)ですし、栄養がなくなると偽菌糸(擬菌糸・Pseudohypha)を形成する株もあります。要するに「先祖返り」。もともと酵母が持っているポテンシャルが出てきただけで、単細胞生物から多細胞生物が進化したプロセスとはまったく別物だと考えるべきでしょう。 実際私も、学生時代に今回の多細胞化酵母のような形態の変異体を作ったことがあります(下図)。別に多細胞化の選択をかけたわけじゃなく、私が調べていた遺伝子がたまたま酵母の形や細胞周期の制御にかかわるものであり、それに変異が入って酵母の「カビっぽくなるポテンシャル」が露呈しただけだと考えています。 1997年10月17日の筆者の実験ノートより。酵母は伸びるし、つながるのだ。 そういう突っ込みはあるとしても、酵母が目で見えるほどデカい多細胞の塊になったことは面白い発見ですし、巨大化の秘密が長くてつながった細胞の絡まり合いと物性に依存しているという結果は新しい視点だと思います。この論文の著者はまだまだ進化実験を続けるつもりらしいので、将来的には「マリモのように巨大化した酵母の塊にビール発酵させ、それをボトルに注いで眺めながら楽しむビール」が実現するかもしれません。 (Visited 871 times, 10 visits this week) 論文 酵母