2023-06-272023-06-27 活動しない人工染色体が教えてくれること Gvozdenov Z, Barcutean Z, Struhl K. Functional analysis of a random-sequence chromosome reveals a high level and the molecular nature of transcriptional noise in yeast cells. Mol Cell. 2023 Jun 1;83(11):1786-1797.e5. doi: 10.1016/j.molcel.2023.04.010. Epub 2023 May 2. PMID: 37137302; PMCID: PMC10247422. 何の情報をもたないランダムな塩基配列から構成される人工染色体が、細胞内でどんな振る舞いをするかを調べると、機能をもつ染色体の活動が生み出すパターンが明らかになった、という論文です。 まずは背景 細胞内の染色体は「活動」している 細胞の中にある染色体は活動しています。例えば、染色体は定期的に複製されます。この際には複製起点(ORI)と呼ばれる場所からDNAの合成が始まります。染色体上には、いろいろな機能をもつ遺伝子がコードされていて、それらの遺伝情報は必要に応じて取り出され(転写され)、細胞のさまざまな活動を支えるために使われます。転写の際には、DNAに書き込まれた遺伝情報を写し取りタンパク質へと伝えるmRNAの合成が行われます。従って、生きている細胞では、染色体上のあらゆる場所で、いろいろなタンパク質が結合・移動・乖離を行いながら、DNAやRNAの合成を活発に行っています。 活動的な染色体ではヒストンはパターンを作る 真核細胞の染色体のDNAは、DNAを保護したりDNAの格納状態を調節したりする「ヒストン」と呼ばれるタンパク質に巻き付いて、ヌクレオソームという構造を作っています。ヌクレオソームは通常、染色体上に一定の間隔で配置されるため、電子顕微鏡でみると数珠のような構造として観察することができます。DNAがしっかりと巻き付いたヌクレオソームは、複製や転写など染色体の活動の妨げになるので、活動的な染色体の場所はヌクレオソーム構造をつくりにくい事も知られています。つまり、活動的な染色体上では、ヌクレオソームの配置はランダムではなく、(転写活性により作られる)パターンがあると考えられます。実際、染色体上のヌクレオソームの位置を組織的に調べると、ヌクレオソームの配置位置にパターンが見られます。一例として、出芽酵母TDH3プロモーター領域でのヌクレオソームの配置を以前のエントリーで紹介しています。ただ、「染色体上のヌクレオソームのパターンは、転写活動により形成される」というのは仮説にすぎず、明確な実験によって示されているわけではありませんでした。 遺伝子がコードされていない場所からも転写は盛んに起きている ヌクレオソーム配置の他に、染色体活動のもう一つの話題として、「非コード領域の転写」があります。転写活動を網羅的かつ高感度に捉えられるトランスクリプトーム解析(マイクロアレイやRNAseq)が発達するにつれて、遺伝子をコードしていない染色体の領域や、遺伝子をコードしている鎖の逆鎖(つまり「非コードの領域」)からも、盛んにRNAが合成されていることが観察されるようになりました。この観察結果には2つの解釈があります。 1つめは、その領域には生物が必要としている未知の機能が隠されている、というもの。生物は無駄なものは作るはずがなく、(RNAが作られているのだから)なにかに使っているに違いない、という考えです。この考えに基づくと、トランスクリプトーム解析による非コード領域の転写の観察は、「染色体上に、人類の知らない膨大な機能が隠されていた!」、という大発見になります。それらの非コードの転写産物が全部機能をもっていたら、「遺伝子の定義すら覆る」というわけです。 もう1つの解釈は、転写ノイズ、です。一般的な考え方では、転写は、転写因子というDNAに結合しているタンパク質がRNAを合成するRNAポリメラーゼをプロモーター領域に連れてくる(リクルーティングする)事から始まり、転写終結配列(ターミネーター)でRNAポリメラーゼが乖離することで終了します。RNAポリメラーゼのリクルーティングは、転写因子との相互作用という生化学反応であり、確率的に起きる現象が強められているだけだと考えると、「本来の」開始(あるいは終結)部位ではないところからRNAポリメラーゼが転写を始めて(終えて)しまうことは、低い頻度で発生するのかもしれません。高感度で転写現象を観察できるようになったので、この、生物が意図していない「転写ノイズ」を観察できるようになったというわけです。これはこれで、「生物がノイズをどう処理しながら重要な生物情報を引き出すのか」、という重要な問題への入り口といえます。 活動しない(はずの)人工染色体を調べる 上記の、従来生物が持っている染色体が見せる現象、ヌクレオソームの配置パターンと非コード領域からの転写は、染色体の活動・機能によって生み出されるのか、あるいは転写ノイズやその他の原因によるものなのか。これまでの研究からおおよそ、染色体の転写活動がヌクレオソーム配置のパターンを作るし、転写ノイズは非コードの転写の大半を説明するという証拠が集まっていました。しかし決定的な証拠はなかった。これは、そもそも生物が持っている(活動的な)染色体の振る舞いをいろいろな方法で調べるしかなかったというアプローチの限界だと言えます。 この論文の筆者はこの課題に新しいアプローチで迫りました。それは、ランダムな塩基配列から作られた人工染色体(Chr XVII)を酵母に持たせて、その特徴を調べてみるというものです。この人工染色体、機能を持たないとは書きましたが、複製され受け継がれるための複製起点とセントロメアだけは持っています。遺伝子をコードする領域を持たない、潜在的に活動をしないはずの人工染色体について、ヌクレオソームの配置パターンや、転写、RNA合成、転写終結位置・転写開始位置などを調査したのです。 この研究によりわかった人工染色体の特徴は以下のようになります。なお、酵母が従来持っている染色体を、ここでは「活動的染色体」と呼ぶことにします。 ・人工染色体のヌクレオソームの配置は完全にランダムというわけではないが、活動的染色体のようなはっきりしたパターンは作らない。 ・人工染色体の各所からRNAが転写される。場所による強・弱はほとんどなく、活動的染色体の非コード領域に近い量の転写が起きる。 ・人工染色体の転写終結点には、活動的染色体に見られるものと類似した配列の特徴がみられる。 ・人工染色体の転写開始点は、活動的染色体と比べてとてもばらついている(ほとんどの場合、決まった位置から転写開始していない)。 つまりは、これまでに考えられていたように、ヌクレオソームの配置パターンは染色体の活動(主に転写)によって作られるし、非コード領域から見られる転写(の大半)は「転写のノイズ」である、という考えが裏付けられたということになります。 おわりに 以上、活動しない(人工)染色体を調べることで、染色体の活動が生み出すパターンを明らかにした研究でした。生命が生み出す現象は、そのまま眺めているだけだと背景のメカニズム・原理がわからないことが多いです。今回でいえば、「ヌクレオソームの配置パターンや非コード領域からの転写にどんな役割があるのか?」。この研究では、あえて生物にとって何の役割も持たない人工染色体を酵母に持たせてその振る舞いを見ることで、役割がないけど発生してしまう転写のノイズや、転写活動の結果として生じるヌクレオソームの配置パターンを示すことに成功したと言えます。 残された謎? この人工染色体は18kbの環状DNAです。出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の一番小さな染色体が230kbなので、この人工染色体はとても小さいといえます。しかし、この人工染色体を持ってる酵母は「未知の理由で」増殖が悪くなるそうです。何の活動もしないDNAを持たせたらなぜ増殖が悪くなるのか、これがこの研究でとくべき次の謎かもしれません。 (Visited 515 times, 4 visits this week) テクノロジー 論文 酵母