遺伝子重複は、頑健性ではなく脆弱性を酵母のタンパク質相互作用ネットワークに付与する。

Gene duplication can impart fragility, not robustness, in the yeast protein interaction network.

Diss G, Gagnon-Arsenault I, Dion-Coté AM, Vignaud H, Ascencio DI, Berger CM, Landry CR. Science. 2017 Feb 10;355(6325):630-634. doi:10.1126/science.aai7685. PMID:28183979

遺伝子が重複する(ゲノム上で同じ遺伝子のコピーが増える)ことが進化の原動力となるという「遺伝子重複説」は、大野乾博士によって提唱されました。この説は、ゲノム生物学やシステム生物学の発展に伴って、多様な側面から検証がなされ、たくさんの興味深い発見につながっています。

遺伝子が重複することによる想像しやすい最大のメリットは、「バックアップ」です。同じ機能を持つ遺伝子が2つあれば、1つが壊れたとしてもその生き物は行きていられる。ただ、この考え方はあまり支持されていません。(バックアップがあることによって)壊れても何もおきない遺伝子がそもそもゲノム上に保持されにくい、あるいはバックアップとしてまったく同じ機能の遺伝子を保持し続けることのコストのほうが大きい、というようなことが理由としてあげらます。

したがって、重複した遺伝子がゲノム上に保持され続けるためには、保持せざるをえない理由があるか、重複した遺伝子の機能が急速に変化する必要があると考えられています。量の効果や機能分化、新規の機能獲得などがそれに当たります。

さて、この論文では、重複遺伝子を複数もつ出芽酵母を材料として使い、重複遺伝子の片方が壊れた時に、それがタンパク質相互作用のネットワークにどのような影響を与えるかを調べました。

ほとんどの場合、あるタンパク質は別のタンパク質と結合(相互作用)しながら機能します。過去の重複の結果生じた遺伝子がコードするタンパク質の多くは、その機能分化の結果、それぞれ違うタンパク質どうしと相互作用していることが多く見られます(下図)。

重複した遺伝子(赤と黄色)がコードするタンパク質は別々のタンパク質と相互作用するようになる。元論文Fig.1を改変。

 

この研究では、重複遺伝子の片方を壊した時に、タンパク質相互作用の状態がどうなるかを調べました。黄色を壊した時に、赤が行っているタンパク質の相互作用にどういう影響があるかと言うことです。可能性としては3つあります(下図)。1)何も起きない、つまり赤とタンパク質の相互作用には影響がない。2)「補償:Compensation」、黄色が行っていたタンパク質相互作用を赤が肩代わりする。3)「依存:Dependency」、黄色を壊したのに赤の相互作用まで破綻する。

重複遺伝子の片方を破壊した時に何が起きるか? 元論文Fig.1を改変。

 

この論文では、出芽酵母の重複遺伝子56ペアについてこれを調べました。いうのは簡単ですが、タンパク質相互作用を遺伝子破壊株で組織的に調べるのは、けっこう大変な実験です。この論文の価値の1つは、「遺伝子破壊株中でのタンパク質相互作用を組織的に調べる」という大規模実験をやってのけたことにあると思います(ちなみに、タンパク質相互作用はDHFRの分子相補により検出しています)。

結果として、56ペアのうち22ペアが補償の関係を持っていて、それと同様な数が依存の関係を持っているということがわかりました。

このあと、この論文では補償や依存を生み出す分子メカニズムを色々と調べています。例えば、補償は重複ペアどうしの相手の取り合いの結果生じているらしいこと、依存は重複遺伝子がコードするタンパク質同士が相互作用してホモマーを作るものに見られ、片方が壊れることでもう一方が不安定化することによって生じているらしいこと(下図)、などです。

依存が起きるメカニズム。自己相互作用するホモマーの重複から生じたヘテロマーが依存をおこす。元論文Fig.4より改変。

 

タイトルにもなった本論文の「キモ」はここです。

これまでの通説では、遺伝子重複は細胞のシステムに冗長性を生むなどして「頑健性:Robustness)」を付与すると考えられてきました。本研究での「補償」はまさにそれにあたります。ところが、「依存」という現象により、重複した遺伝子のペアの破壊がもう一方の機能損失にまで及ぶ、つまり遺伝子重複によって「壊れやすさ(脆弱性:Fragility)」が増えてしまうことがある、というのです。

 

この論文をパッと見たとき、私が最初に思ったのは、「補償や依存が半々で起きるんだったら、遺伝子重複は、そもそも遺伝子破壊に対する細胞システムの頑健性に対して中立的と考えるべきではないのか?」ということでした。

遺伝子重複に関する著名な研究者であるJianzhiGeorge ZhangやKenneth Wolfeらも、この論文の結論に対しては懐疑的なようです。遺伝子重複によってできたタンパク質相互作用ネットワークが、遺伝子重複されていないネットワークに比べて脆弱であることが示されていないというのが1つの理由です。

この論文の最大の発見は、大規模なタンパク質相互作用の解析というこれまで行われていなかった解析の結果、1つの必須な遺伝子から2つの必須な遺伝子が生じる「依存」というメカニズムを見つけたことだと思います。ですが、それが生命システムの脆弱性の発生原理と言って良いのかどうか・・・もう少し議論が必要だと思います。

それから、この論文ではほとんど遺伝子名が出てこなくて、図の中で解析されている遺伝子が何なのかわかりません。「全体の傾向を見るのに個別の遺伝子の機能は関係ない」という姿勢なのかもしれませんが、どの遺伝子がそういう振る舞いをしているのか知りたいし、遺伝子名がわからなければ追試もできません。あまり良い姿勢ではないなと思いました。

また、この解析は実験系の性質上、非必須遺伝子しか取り扱えません。必須遺伝子の方が破壊のインパクトが大きいわけですし、合成致死ネットワークの解析でも必須と非必須遺伝子では見えてくるものが違っていたわけで、必須遺伝子で同じことをやると結果もまた違うのかなと思いました。

 

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なお、この論文は遺伝子重複の研究の専門家である東北大学の牧野能士さんに紹介していただきました。このエントリーの執筆にあたっても議論・助言をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。

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