クライオEMがタンパク質3Dプリンティングに与えた衝撃

今回も、なぜか(?)あまり人気の無いタンパク質3Dプリンティングのエントリーです。

2017年のノーベル化学賞の受賞対象ともなったクライオEM(低温電子顕微鏡法)によって、次々とタンパク質の構造が明らかになっています。クライオEMの特徴は、なんといっても大きなタンパク質複合体の構造をそのまま取得できるところでしょう。毎日のように巨大複合体の構造が明らかになり、論文として報告されデータベースに登録されています。

私は学部生向けに、生物情報の流れ(いわゆる「分子生物学のセントラルドグマ」)の授業しており、その教科書として「ホートンの生化学」を使っています。この後いくつか例を紹介しますが、この教科書の特徴としてタンパク質の構造情報に基づいた分子機構の説明がなされていることがあります。特に、Protein Data Bank(PDB)に登録されているタンパク質の構造が用いられています。

以前のエントリーでも書きましたが、PDBに登録されているタンパク質の立体構造は、3Dプリンターで出力することが可能です。以下にいくつか例を紹介します。これらは、ホートン生化学で紹介されているタンパク質、もしくはそれと同等なタンパク質の3Dモデルです。

クロマチン(2CV5)
DNAポリメラーゼスライディングクランプ(1MMI, 4YHR)
クレノウフラグメント (1KFD)
LacI + DNA (1EFA)
CRP (2GZW)
tRNA (TRNA10)

これらは授業の最中に回して学生さんに見てもらったりしています(現在はオンライン授業のため動画で見せるだけですが)。絵で見るだけ、もしくはパソコン上で立体構造をぐるぐる回しているだけよりも、ずいぶんと「実感」が伴うんじゃないかと思っています。

特に注意していることは、これらのモデルのスケールを合わせることです。私は「1/2スケール」と呼んでいますが、PDBからダウンロードして作られるモデルデータを0.5倍してプリントしています。それくらいの大きさが「ちょうど良い」と私は感じています。スケールを合わせることで、タンパク質どうしの大きさのイメージや、核酸とタンパク質の相対的な大きさが良く理解できます。

動きまで含めて理解するのに役立つのが、ホリデー結合を介してDNAの組換えを行うRuvA-RuvB複合体です。 シリコンチューブをDNAと見立てて中を通してやると、これらのタンパク質によるDNA鎖の交換が実感できます。

RuvAとRuvB(以前に打ち出したのでソースのPDBファイル不明)

さて、ここからがこのエントリーの本題です。

ホートン第5版が出版されたのは2012年(日本語翻訳版は2013年)です。つまり、「クライオEM以前」。巨大複合体の構造はほとんど分かっていません。例えば、大腸菌の複製に関わる「レプリソーム」の構造として、異様なジェリービーンズの塊のような想像図が示されています。昔はそんな感じで構造が提案されたものです。また、バクテリアのRNAポリメラーゼの転写開始点への結合についても、部分的な想像図が示されています。

現在、クライオEMによって明らかになった巨大複合体の構造が次々と報告されています。例えば、2019年6月には、lacプロモーターに結合するRNAポリメラーゼの構造が報告されました(6PB4)。分子生物学では超有名なlacプロモーターにどのようにRNAポリメラーゼが結合しているのか、それがまるごと分かるようになったんです。個別に構造が解けていたCRPも中に組み込まれていますし、σサブユニットがどういう風にDNAに結合しているのかも見て取れます。

大腸菌RNAポリメラーゼ 開始複合体(lacプロモーター + CRP)(6PB4) 横から
大腸菌RNAポリメラーゼ 開始複合体(lacプロモーター + CRP)(6PB4) 上から

教科書には「大きなオリゴマータンパク質」としか書かれていない、クロマチンリモデリングSWI/SNF複合体の構造もつい最近(2019年6月)に報告されました(6UXW)。

ヌクレオソームとクロマチンリモデリングSWI/SNF複合体(6UXW)。まだ着色していません。

こういう巨大なタンパク質、実はプリントするのはそう容易ではありません。クロマチンリモデリング複合体のケースでは、打ち出すのに18時間かかりました。大きなモデルとなるとプリンターのプラットフォームを埋め尽くしてしまいます。

打ち出された直後のクロマチンリモデリング複合体

打ち出した後にはバリ取りがあり、さらに複合体のサブユニットの位置関係を見ながら着色するのがまた大変です。上には着色前のクロマチンリモデリング複合体を示していますが、色をつけないと何が何だかさっぱり分からないのです。色つけても分からんと言う話もありますが、大分印象は変わります。

だからプリントを頑張るわけですが、次から次へと打ち出したい複合体が報告されてて大変なことになっているんです。

以下は、大きなタンパク質複合体としては珍しくホートン生化学に構造が記載されている酵母のRNAポリメラーゼIIのコアです。

酵母RNAポリメラーゼII コア(1EN0)

これはコアにすぎません。真核細胞のRNAポリメラーゼIIの転写開始では、巨大な転写因子の複合体が関与します。ホートン生化学には漫画が書かれていて、「転写因子はこの図に示されるよりずっと大きく、はるかに複雑であることが多い」とあります。

「ずっと大きく、はるかに複雑」

・・・3Dモデラーにとって、なんと挑戦的な言葉でしょう。

なんとその転写複合体は2018年12月にすでに明らかになりPDBに登録されていました(6GYK)! これはもうプリントするしかない。私はプリンターにモデルデータをセットし帰宅しました。

次の日、完成したモデルを収穫しにきてプリンターを見てみると・・・

何じゃこの綿菓子みたいなもんはーーー!!

ずいぶんプリントしていますが、こんなどえらいことになったのははじめてでした。プリンターの設定がちゃんとできてなかったのが原因なのですが、大きいものを打ち出すと、失敗したときとんでもないことになるんです。

・・・以上、「クライオEMがタンパク質3Dプリンティングに与えた衝撃」でした。

(Visited 310 times, 14 visits this week)

Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください