2024-10-042024-10-04 異数性による増殖への影響を決める因子を比較モデリングにより明らかにする Comparative modeling reveals the molecular determinants of aneuploidy fitness cost in a wild yeast model. Rojas J, Hose J, Dutcher HA, Place M, Wolters JF, Hittinger CT, Gasch AP. Cell Genom. 2024 Sep 13:100656. doi: 10.1016/j.xgen.2024.100656. Epub ahead of print. PMID: 39317188. 酵母を用いた異数性研究で先駆的な仕事を次々と発表していたAngerika Amonが亡くなって4年、再び酵母を用いた異数性研究が熱くなってきました。その中心にいるのがAmonと激しい論争を繰り広げたAudry P Gaschです。AmonとGaschの論争の話題は、「酵母の異数性はすべからく増殖阻害を起こす」というAmonの主張に対して、Gaschの主張は「野性の酵母では異数性が増殖にほとんど影響を与えないこともある」というものでした。結果として、Amonが用いていたW303株という細胞周期研究のためにつくられた実験室酵母が、SSD1という遺伝子の機能を失っていることで異数性に感受性になっていたという結論が出てその論争はGaschの勝利(?)で幕を閉じたのです。 Amonが亡くなったことで酵母での異数性研究の勢いは失われたかのように見えたのですが、最近再びトップジャーナルに酵母の異数性をテーマとした論文が発表され始めました。その理由は、Gasch氏がみつけたように野性の酵母は異数性に耐性があるだけではなく、野性の酵母をいろいろ調べてみるとわりと普通に異数性の株がいることが分かってきたからです。そこで生じた問いは、「(野性の)酵母はどうやって異数性に耐性をもつのか」、ということでした。この謎に大量の株のマルチオミクス(ゲノムートランスクリプトームープロテオーム)解析で迫ったのが以下の論文です。 Natural proteome diversity links aneuploidy tolerance to protein turnover. Nature. 2024 Muenzner J, Trébulle P, Agostini F, Zauber H, Messner CB, Steger M, Kilian C, Lau K, Barthel N, Lehmann A, Textoris-Taube K, Caudal E, Egger AS, Amari F, De Chiara M, Demichev V, Gossmann TI, Mülleder M, Liti G, Schacherer J, Selbach M, Berman J, Ralser M. Jun;630(8015):149-157. doi: 10.1038/s41586-024-07442-9. Epub 2024 May 22. PMID: 38778096; PMCID: PMC11153158. この論文の結論は、「異数性の株ではタンパク質分解が亢進することで増えた染色体から作られるタンパク質量を緩衝している」ということでしたが、どうやって増えたタンパク質だけを見つけて分解させるのかはまだ解けていない謎のようです。 今回紹介したい論文に話を戻します。今回、Gaschらのグループは異数性に比較的耐性のあるオークの土壌から分離されたYP1009株をモデルとして、それぞれの染色体が増えた異数性(ダイソミー)株を作り、増殖への影響を生み出している染色体上の要因を明らかにしようとしています。この調査にComparative modelingという数理的手法を用いるのがこの論文のキモだといえます。簡単に言うと、「各染色体が増えた異数性株の増殖を測り(耐性があるとは言え、それなりに増殖は低下します)、その増殖速度の違いを説明できる数理モデルを、染色体上の要素の数や性質から説明しようとする」、ということになります。 これまでに、長い染色体ほどそれが異数体になったときに与える悪影響が大きい事が分かっています。ヒトの異数性の代表的な疾患はダウン症候群で、21番染色のトリソミーが原因です。21番染色体といういちばん小さな染色体だから増えても生きられて病気になるが、それより大きな染色体がトリソミーになると(悪影響が強すぎて)そもそも生まれてこれないのです。酵母でも同様で、染色体の長さと異数性になったときの影響は(これを「染色体コスト」と呼ぶことにします)、おおよそ負の比例関係を示します。長いほど良くない理由ですぐに考えられるのは「DNAの量」なのですが、これは否定されています。遺伝子発現が起きないような人工染色体ではほとんど増殖阻害は起きません。つまり、”働かない染色体”は悪影響を及ぼさないのです。 では、何がどう働くと良くないのか、染色体上のどんな性質をもつ要素が良くないのか(あるいは良いのか)を今回は調べています。現代では、各染色体にどんな性質を持つ遺伝子がどれくらいの数あるのかがだいたい分かっています。それぞれが過剰になったときの影響がわかったとして、それを積算すれば各染色体の影響が計算できるはず、ということになります。そのために今回の研究では、染色体コストを説明できるようにそれぞれの要素の影響を見積り、実験で確かめています。「見積もり」で見つかってきたことは、一般的にsmall nucleolar RNAs (snoRNAs)は増えると悪影響があり、tRNAは増えるとメリットがあると言うことでした。さらに、タンパク質をコードする遺伝子については、それぞれをプラスミドに載せて過剰にした際の悪影響を体系的に調査して、それを積算するとうまく染色体コストが計算できることも示しています。 また、悪影響の度合いをうまく説明できるタンパク質の性質は何かも体系的に調査しています。この時、タンパク質に付随する120ほどの性質でいちばんちゃんと説明できるものを探しています(これをAssociation study:関連解析という)。この部分は、過剰発現による影響を調べている私の研究に強く関係するので注目したいところなのですが、いちばんうまく説明できる性質は「長さ」だったということ、よく言われているバランス仮説を支持する結果は得られなかったということでした。なんで長いと良くないのかはうまく説明できていません。バランス仮説が支持されなかったのも実験的な問題じゃないかと思ったりもしました。なので増殖阻害のメカニズムの説明ということになると、ちょっと不完全燃焼感のある論文となっています。しかし、論文のタイトルにもあるように比較モデリングを使って染色体上の要素の寄与率から染色体コストを導き出そうというアプローチは面白く、かつこれがある程度成功することを示した論文だということになると思います。 Share on FacebookTweet(Visited 106 times, 4 visits this week) 論文 過剰発現 酵母
システムバイオロジー 遺伝子重複は、頑健性ではなく脆弱性を酵母のタンパク質相互作用ネットワークに付与する。 2017-03-052017-08-09 Gene duplicatio… Read More