野生の酵母が異数性に強い理由(というより実験室酵母が異数性に弱い理由)が判明した

The genetic basis of aneuploidy tolerance in wild yeast. Hose J, Escalante LE, Clowers KJ, Dutcher HA, Robinson D, Bouriakov V, Coon JJ, Shishkova E, Gasch AP. Elife. 2020 Jan 7;9. pii: e52063. doi: 10.7554/eLife.52063.PMID: 31909711

染色体数が通常のセット数とは異なる状態を異数性と言います。例えば、出芽酵母の一倍体の染色体セットは16本、二倍体なら16本 x2セットです。異数性は、一般的に生命の機能に悪影響を与えると考えられています。例えば、ダウン症候群は、通常は2本の21番染色体数が、3本(トリソミー)になることにより発症します。

異数性が細胞の機能に及ぼす影響は、出芽酵母の一倍体においてそれぞれの染色体を2本(ダイソミー)に改変した一連の株を用いて体系的に調べられてきました。この研究は、MITのAngerika Amonのグループが主体的におこなってきたものです。そこでの基本的な発見は、どの染色体がダイソミーであるかは関係なく、ダイソミーは一般的に増殖阻害を起こすこと、その理由は増えた染色体から発現する多数のタンパク質が全体として細胞内のタンパク質恒常性に悪影響を与えるためであることでした。さらに、Amonらはダイソミーによる増殖阻害を克服できる変異を同定するなどして、癌細胞が異数性にもかかわらず早い増殖を続けられる理由も解明してきました。Amonらはこのダイソミー酵母株を用いて異数性が及ぼす影響について非常に沢山の発見を続けてきたので、「異数性といえばAngerika Amon」はもう合い言葉になっています(私の中では)。そのあたりは以前のエントリーでも紹介しました。

ところが、2015年にウィスコンシン大学マディソン校のAudrey Gaschのグループから、eLife誌に下記の論文が発表されました。

Dosage compensation can buffer copy-number variation in wild yeast. Hose J, Yong CM, Sardi M, Wang Z, Newton MA, Gasch AP. Elife. 2015 May 8;4. doi: 10.7554/eLife.05462. Erratum in: Elife. 2016;5. pii: e15743. doi: 10.7554/eLife.15743.PMID: 25955966 

タイトルからは意味がつかみにくいのですが、要するに「(実験室酵母ではない)野生の酵母は、異数性にしても元気に増殖する(異数性耐性をもっている)」ということで、Amonの一連の仕事を信じている私からするとにわかには信じがたいものでした。

この論文に対して、Amonグループは黙っていませんでした。すぐに上記の論文の内容は疑わしいという以下の論文を同じくeLifeに発表します。

No current evidence for widespread dosage compensation in S. cerevisiae. Torres EM, Springer M, Amon A. Elife. 2016 Mar 7;5:e10996. doi: 10.7554/eLife.10996.PMID: 26949255 

Gaschグループもこの論文に前後して再反論文を発表。激しい論争が巻き起こったわけです。

Further support for aneuploidy tolerance in wild yeast and effects of dosage compensation on gene copy-number evolution. Gasch AP, Hose J, Newton MA, Sardi M, Yong M, Wang Z. Elife. 2016 Mar 7;5:e14409. doi: 10.7554/eLife.14409.PMID: 26949252

Gaschらはこの論文と同時に、始めの論文の主張を若干弱めることになる修正もおこなっていて、これらを(ざっと)見た私は、「異数性による増殖阻害の一般性を否定できるほど強い主張はできていないな」と思っていたのでした。

そしてGaschグループからの今回の論文です。野生株が異数性に耐性を持っていること、というか一部の実験室株のみが異数性に弱いことを、ちゃんとその原因となっている遺伝子変異まで明らかにして、ぐうの音も出ないほどきっちりと示しています。

そしてその原因となっている遺伝子とは・・・。知る人ぞ知るSSD1! 納得のSSD1!

実験室で使われている酵母株には、おそらくずっと研究室で飼い続けられているせいで生じた変異があることが知られています。それが研究者の間で実験結果の違いを生むことがしばしばありました。そういうトラブルに巻き込まれた(?)研究者は、それぞれの株にはどんな変異があって、どんな特徴を持っているということを知っていたりもします。

で、話を戻しますが、Amonグループがダイソミーを作るのに使ったのはW303という株でした。W303株は機能が失われたSSD1(ssd1-dタイプ)を持っているのです。そして、野生酵母を含むW303株以外の酵母は、ちゃんと機能をもったSSD1(SSD1-Vタイプ)を持っています。

そして、なんと言うことでしょう!異数性に耐性だった酵母のSSD1を壊したりssd1-dタイプに置換したりすると異数性での増殖が悪くなり、逆に異数性で増殖が悪いW303株にSSD1-Vタイプを入れてやると異数性に耐性になりました。さらにこれまで異数性により引き起こされると考えられてきたさまざまな悪影響は、SSD1を機能させることで見えなくなったのです。つまり、通常の酵母は異数性による悪影響をSSD1の機能を通じて隠してしまうことができる。Amonのグループは、意図してか、あるいはたまたまかW303株を使っていたために、様々な異数性の悪影響を観察していたと言うことなのです。

これは、実験室酵母だから起きた人工的な異数性の影響で本来は起きないことを見てしまったということもできますが、一方で、異数性が引き起こす潜在的な悪影響を詳らかにするための良い実験系だったと捉えることもできると思います。

SSD1のどんな働きで異数性耐性を生んでいるかはまだあまりはっきりしません。SSD1がコードするタンパク質はさまざまなmRNAに結合して翻訳を調整していることが知られています。恐らくSSD1はその機能をを使ってタンパク質の品質管理やミトコンドリアの機能をコントロールしており、その異常が異数性での悪影響につながっているらしい、という証拠がこの論文では示されています。

ところで、実は私は、上記の「知る人ぞ知るSSD1遺伝子」の、「知る人」だったりします。どういうことかというと、私は、W303株がssd1-dのせいでいろいろな異常を持っていることなどを調べた研究で博士学位を取得したのです。そんなに良い論文にはなりませんでしたが、博士課程の学生として一生懸命取り組んだ思い出深い遺伝子です。そして、ありがたいことに、今回の論文では私の1999年の論文を引用してくださっていました。

それにしてもまさか異数性での増殖阻害のほとんどが、たまたまW303株に入っているSSD1の影響だったとは・・・。あるいはもしかしたら、染色体の不安定性を受け入れない、つまり染色体数が安定に維持される株だったからこそW303が実験室酵母として長年利用されてきたのかもしれません。

私たちの研究室では、さまざまな研究で広く用いられているBY4741株を用いています。この株はS288C系統であり、HAP1という遺伝子に変異が入っていることが分かっています。このせいでミトコンドリアの機能解析には向いていないことが知られています。最近、ある研究者の方からW303株を頂いて実験したところ、これまで見たことのない表現型を見つけました。いろいろ調べてみると、どうもW303が持っているある変異(SSD1ではない)がその表現型の原因らしいことがわかりました。昔からなんとなく知られていた実験室株間の違いですが、多様な表現系解析やオミックス解析ができるようになった現代だからこそ、それをきちんと記述し、そしてそれを利用して新たな生物学的知見を得ることが可能になりつつあるように思います。

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