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2024-10-202024-10-21

出芽酵母の最強プロモーターを作る

Improving the Z3EV promoter system to create the strongest yeast promoter 

Rina Higuchi, Yuri Fujita, Shotaro Namba, Hisao Moriya FEMS Yeast Research, foae032, 

最近発表した私たちの論文の紹介です。この論文では、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)で既存の最強TDH3プロモーターの1.4倍の強度を持つプロモーターを開発しました。このエントリーでは、最強プロモーターを作ろうとしたモティベーションや、1.4倍の持つ意味、今後この研究はどこに進むのか、など論文には書いていない裏話を紹介したいと思います。

なぜ最強のプロモーターが必要だったのか?

このブログでは、再三、酵母研究で用いられるプロモーターについて紹介してきました。私たちのメインテーマが「過剰発現」で、そのために必要な遺伝的要素がプロモーターだからです。その中で、何度か最強のプロモーター(とその改変)についても書きました。

出芽酵母の内在プロモーターの中で最強のものはTDH3(GPD)プロモーターです(以降、プロモーターをproと表記します)。2022年11月のエントリーでは、これをAIの予測にもとづいてさらに強くしようとして失敗したことを書きました。また、TDH3proを薬剤で制御可能にしたWTC846システムが作られています。WTC846の紹介の際には、「これで決まり?!」と書いたように、WTC846システムは強度も制御性も文句なし、現時点でいちばんオススメな発現系で、酵母でいい感じにタンパク質を発現させたければWTC846を使っとけと思います。

ところが、TDH3proやWTC846は、私たちにとってはまだ強度不足でした。私たちは、どんなタンパク質をどれだけ過剰発現したら細胞機能に悪影響を及ぼすのかを調べてきました。いろいろ調べているうち行きついたのは、大量に発現させても細胞の機能に悪影響を及ぼしにくいー無害なタンパク質でした。この無害なタンパク質を、TDH3proと多コピープラスミドの組み合わせ(すなわち最強の発現系)で発現させると、細胞内タンパク質の40%くらいがこの無害なタンパク質になります。しかし、酵母は増殖を続ける事ができます。つまり、酵母はもっと無害なタンパク質の発現を受け入れられるのです。それでは、この無害なタンパク質の発現どんどん上げていったら、酵母は何%まで耐えられるのだろうか? 耐えられなくなった酵母細胞はどんな状態になるのだろうか?

細胞内が1種類のタンパク質だけになることはあり得ないので、必ず限界がある。その限界はどれくらいなのか、なにが限界をきめているのか、限界に達したとき細胞はどんな不具合を起こすのか、あるいは細胞は限界に抗って何か応答するのか? ・・・これが知りたい。

そこで問題になったのは、発現系の強度不足です。既存の最強発現系を使っても、限界までタンパク質を作ってくれない。・・・というわけで、最強プロモーターを探す旅が始まりました。

見落としていたP3プロモーター

ちなみに、40%も作れるのは、私たちが見つけた無害なタンパク質だけです、他にはほとんどないでしょう。ほとんどのタンパク質はずーっと低い発現量で酵母の増殖が止まります。なので、上述のWTC846は、ほとんどの目的で十分な強度と制御性を持ち、もっと強いものが必要と普通思わない。加えて、自身のTDH3proの改良にも失敗したので、もうこれが酵母の限界なんだろうとなんとなく思っていました。

そんな中で見つけたのがこの論文(Kotopka & Smolke 2020)1で、人工知能を使ってプロモーターを改良する試みがなされており、最終的にTDH3(GPD)proは1.3倍ほど増強されていました。一方、この論文中でそれよりも目を引いたのは、「P3pro」でした。pZEVシリーズ(下図)は、McIsaacらによって開発されてきた人工プロモーターで、酵母のGAL1proを改変し、人工転写因子Z3EVの結合部位を組み込むことでβ-エストラジオールによる誘導を可能にしたプロモーターです。P3proは、pZEVシリーズの中でももっとも発現強度の高いもので2014年に報告されています (McIsaac 2014)2。

TDH3pro(pGPD)とpZEV。Kotopka & Smolke 2020より引用。

pZEVは、開発当初から私も注目していて使ってみたこともありましたが、強度はTDH3proには及ばないとしてそれ以上使うのをやめていました。ところが、Kotopka & Smolke 2020をよく読んでみると、どうやらP3proはTDH3proと同じかそれ以上の強度を持つようでした。「そんなことあるわけない!」と想ったのですが、私が使っていたのはP3proの1つ前のバージョン3で、P3proは使ったことがなかったのです。ただし、Kotopka & Smolke 2020によるP3proの強化は失敗していて、P3proよりわずかに強いプロモーターができただけでした。

P3プロモーターを改良したら最強プロモーターができた

いずれにせよ、P3proはそれなりに強そうなので、自分たちで試してみることにしました。プロモーターのDNA配列を私が手に入れて合成して、学生のHさんに実験をしてもらいました。

最初の結果は、「TDH3proより強くはない」という私の予想通りでした。「OK。そんなもんだよな。最強TDH3proには勝てないさ。プロモーターの構造図も描いてラボセミナー発表して」とHさん頼みました。しばらくして、Hさん、「渡されたP3proの配列、なんかおかしいです」と。P3proには、Z3EVの結合部位が6カ所あります。なぜか私が合成したP3proには4カ所しかなかった。いまだにどこから間違った配列を手に入れたのか分からんのですが、いずれにせよミスった。

ということでちゃんとしたP3pro(当時はtrueP3と呼んでいた)を試してみたら、なんとTDH3proよりちょっと強い。同時にこの時思いました。4カ所より6カ所の方が強いのなら、もっと増やしたらもっと強くなるんじゃないか。McIsaac 2014では、Z3EVの結合部位の数を増やしたり配置を換えたりして、どれが良さそうかを調べているのですが、なぜか6カ所以上増やしより強くしようとはしてなかった。思った通り、結合部位を増やしていくとプロモーターはどんどん強くなりました。最終的に多コピープラスミドでは+6(P36pro)で最強(TDH3proの1.4倍)になりました。

Z3EVの結合部位を増やしてP3プロモーターを改良。Higuchi 2024より引用。

私たちはとにかくたくさん発現したいというモチベーションで開発したので、多コピープラスミドでここまで実験したのですが、本来プロモーターの活性はシングルコピーで評価すべきです。実際、レビューアーに指摘されたので、シングルコピーの実験も行いました。、シングルコピープラスミドでは+8(P38pro)で最強となり、TDH3proの1.8倍の強度となりました。

1.4倍や1.8倍、たいした事はないように思えます。けど、そもそも最強のものをこれだけ上げたのはすごいことです。スポーツの世界記録が1.8倍になったらとんでもないでしょう。小林尊さんはホットドッグの早食い記録を2倍してセンセーションを巻き起こしたらしいです。それくらいすごいことなんですよ。最初に投稿した雑誌ではエディターにリジェクトされたのですが、「この価値が分からんのかい!」と思ったわけですよ。そして、それがこのエントリーを書いたモチベーションだったりもするわけですよ。

最後に:ミスからヒントが得られることもあるという話

というわけで、最強プロモーター開発の話でした。面白いと思うのは、はじめに私がポカして変なP3proを作ってしまった結果として、結合部位を増やせば強くなるかもという思いつきにたどりついたところです。「増やせば強くなる」は自明にも思えますが、そんな単純でもないと思って実験しなかったでしょう。実際、結合部位を10増やすと逆に活性が下がったし、以前のプロモーター強化でも失敗したように、生物実験はやってみないと分からないことがとても多いのです。

それで結局、当初の目的を達したのかといわれると、実はまだできていません。P36proと多コピープラスミドの組み合わせで、50%ほど無害なタンパク質を発現できたのですが、酵母はまだ増殖しています(mRNAも同じくらい作ってます)。酵母には申し訳ないですが、もっと強い発現系が必要のようです。・・・ただ、それに関してうまく行きそうな結果が出ています。これもまた予想外の実験結果から始まっていて、それもいつかまた解説したいです。

参考文献

  1. Kotopka BJ, Smolke CD. Model-driven generation of artificial yeast promoters. Nat Commun. 2020 Apr 30;11(1):2113. doi: 10.1038/s41467-020-15977-4. PMID: 32355169; PMCID: PMC7192914.
  2. McIsaac RS, Gibney PA, Chandran SS, Benjamin KR, Botstein D. Synthetic biology tools for programming gene expression without nutritional perturbations in Saccharomyces cerevisiae. Nucleic Acids Res. 2014 Apr;42(6):e48. doi: 10.1093/nar/gkt1402. Epub 2014 Jan 20. PMID: 24445804; PMCID: PMC3973312.
  3. McIsaac RS, Oakes BL, Wang X, Dummit KA, Botstein D, Noyes MB. Synthetic gene expression perturbation systems with rapid, tunable, single-gene specificity in yeast. Nucleic Acids Res. 2013 Feb 1;41(4):e57. doi: 10.1093/nar/gks1313. Epub 2012 Dec 28. PMID: 23275543; PMCID: PMC3575806.
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