異数性細胞は低浸透圧様のストレスを受けている

Hypo-osmotic-like stress underlies general cellular defects of aneuploidy. Tsai HJ, Nelliat AR, Choudhury MI, Kucharavy A, Bradford WD, Cook ME, Kim J, Mair DB, Sun SX, Schatz MC, Li R. Nature. 2019 May 8. doi: 10.1038/s41586-019-1187-2. PMID: 31068692

最近Nature誌に発表された論文です。私の研究室では過剰発現による増殖阻害のメカニズムを研究していますので、いろんなところからこの論文のことが耳に入ってきました。

染色体の数と組み合わせは、たいていの場合その生物ごとに決まっています。ヒトなら46本で、22対の常染色体と1対の性染色体からなります。一倍体の出芽酵母は16本の異なる染色体をもっていて、二倍体になるとこれが16本 x2になります。

異数性(Aneuploidy)とは、この染色体の数が通常の数や組み合わせと異なった状態のことを言います。たいていの場合、細胞の機能に異常を来します。がん細胞は非常に頻繁に異数性が見られることが知られています。

異数性細胞のもつ特性については、MITのAngelika Amonらのグループによる一連の研究で非常に沢山のことがわかってきました。その中の大きな発見の1つは、異数性細胞がタンパク質分解に対する強いストレスを受けているということです(Dephoure, eLIFE 2014)。これは私たちの研究でもわかったことですが、タンパク質複合体のサブユニットは、サブユニット間の量比の乱れ(化学量不均衡)が生じてうまく複合体を構成できない時には、プロテアソームというタンパク質分解装置によって迅速に分解されます(Ishikawa, PLoS Genet 2017)。異数性細胞では、相手が見つからないサブユニットが大量に作られるので、これを一生懸命分解しようとして細胞がストレスを感じるわけです。

Amonらの異数性細胞の研究では、人工的に作り出した二染色体性(disomy)の出芽酵母が主に用いられています。一倍体酵母がもつ16本の染色体のそれぞれを2本にしたdisomy株を構築し、それらの生理状態を体系的に調査して異数性の特徴を調べています。

一方、この論文では、「異数性の一般的な特徴を調べる」ことを目的として、染色体数をそれぞれ変えた酵母細胞ではなく、染色体数がバラバラの異数性細胞の集団を作りました。Amonらのdisomyのように個別に作成した異数性細胞のトランスクリプトームを調べると、増えた染色体からの転写産物が応答として見えてしまい、異数性という現象の一般的な特徴が隠れてしまうという問題がありました。そこで今回、異数性細胞の集団を使ったのです。これがこの論文のキモと言えます(逆にそれが話をややこしくしているとも言えますが)。

著者らは、異数性細胞集団のトランスクリプトームから異数性細胞でのみ特徴的な発現変動を示す222個の遺伝子群(common aneuploidy gene-expression : CAGE)を取得しました。さらに、これらの遺伝子群を既存のストレス応答のトランスクリプトームと比較し、低浸透圧ストレス(hypo-osmotic stress)を受けている細胞と近い転写応答が異数性細胞で起きていることを見つけました。

余談ですが、ここで使われたストレス応答のトランスクリプトームは別のグループが2000年にマイクロアレイ解析で取得したものです(Gasch, Mol. Biol. Cell 2000)。それが、「転写応答のプロファイリング」に利用できることが示されているのもこの論文の価値のあるところだと思います。

その後は、低浸透圧ストレスが実際に細胞に起きているかを細胞生物学的に確認していきます。低浸透圧ストレス状態とはつまり細胞に水が入り込んでパンパンに膨らんでいる状態。だから細胞が硬いはず、細胞壁を酵素処理で分解すると破裂しやすいはず、外向きの力がかかっているのでエンドサイトーシス(細胞内への細胞膜小胞の取り込み)が起こりにくいはず、といったこと実際の実験で確かめました。

次に、低浸透圧ストレスが起きている原因について考えました。(上述したように)異数性では、化学量不均衡によってタンパク質複合体がうまく形成されない。だから余ったサブユニットによって細胞内のタンパク質分子の数が増えて、それが細胞内の浸透圧を上げるので水が細胞外から浸入する。これが低浸透圧ストレスとなっていると。

それを確かめるために著者らがおこなったのは、数理モデルによるシミュレーションと細胞のサイズの比較で、一倍体と二倍体に比べ染色体の比率がおかしな異数性細胞ほど細胞が大きい(膨潤している)ことを見いだしています。これはがん細胞でも同じ傾向が見られました。また、異数性細胞内は細胞内の密度も高いと。

最後に異数性細胞特異的に増殖が悪くなる変異体の取得を通じて、(低浸透圧が生み出す)エンドサイトーシスの異常により細胞膜のタンパク質のターンオーバーがうまくいかず、必要以上にアミノ酸や糖が細胞内に入り込むという特徴が異数性細胞にあることを著者らは示しています。

最後にこの研究に対する私の感想です。

異数性細胞をごちゃ混ぜにして一般的な性質を探し出したこと、既存のトランスクリプトーム情報をうまく使って転写応答をプロファイリングしたこと、そして(言われてみればなるほどと思う)タンパク質の化学量不均衡が低浸透圧ストレスを生み出すというメカニズムの提案など、いろいろと斬新な切り口のある研究だと思いました。

一方で、低浸透圧ストレスが生み出される原因、特に「タンパク質の化学量不均衡が低浸透圧ストレスの原因になる」ことが本当かどうかは、まだ疑わしいと思います。タンパク質の分子数自体は測られていない、化学量不均衡が起きるとタンパク質は迅速に分解される(はず)、異数性細胞ではアミノ酸や糖の濃度も非常に高い(のでそれが低浸透圧の原因では?)、またそもそも低浸透圧ストレスを受けたら酵母細胞は細胞壁を強くして細胞融解に対応するのではないか、といったことなどがその理由です。

また、異数性による余剰なタンパク質の蓄積が低浸透圧ストレスを引き起こすのであれば、余剰なタンパク質の過剰発現も低浸透圧ストレスを引き起こすはずです。この現象はそのような個別実験で検証できるものだと思いました(そういうわけで今私の研究室でも検証実験を行っています。)。

こういった「論争を引き起こす」ことも、こういう論文の価値と言えなくはないと思います。通常の流れだと、異数性の大御所のAmonらグループがすぐにフォローアップの研究をはじめ、間違っているとそのうち否定論文が発表されることになります。

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