2025-10-052025-10-05 多様な酵母株を調査して異数性維持のメカニズムを知る このブログでは異数性ー染色体数が通常と異なる状態、特に特定の染色体だけが増えた状態ーについて解説しているエントリーが複数あります。それは、私が専門としている「過剰発現」による影響が、自然現象として見られる状態だからでしょう。結果として、出芽酵母(S. cerevisiae)の異数性研究の追っかけのようになっています。それで、今回は異数性研究の最新(と言っても発表されたのは1年以上前)の以下の論文について考えてみたいと思います。 Natural proteome diversity links aneuploidy tolerance to protein turnover. Nature. 2024 Muenzner J, Trébulle P, Agostini F, Zauber H, Messner CB, Steger M, Kilian C, Lau K, Barthel N, Lehmann A, Textoris-Taube K, Caudal E, Egger AS, Amari F, De Chiara M, Demichev V, Gossmann TI, Mülleder M, Liti G, Schacherer J, Selbach M, Berman J, Ralser M. Jun;630(8015):149-157. doi: 10.1038/s41586-024-07442-9. Epub 2024 May 22. PMID: 38778096; PMCID: PMC11153158. この論文自体は、実は以前のエントリーでも少しメンションしていたのですが、内容について詳しく解説はしていませんでした。今回少し深読みする機会があったのでこの論文の意義について考えてみたいと思います。 以前のエントリーでも述べたように、酵母の異数性研究は実験室外の酵母へと進んでいます。実験室外というのは、一般的には自然界に生息する「野性の酵母」ということになるのですが、酵母にはヒトに飼いならされた「家畜化した酵母」も存在していて、これらはビールや清酒の醸造、パンの発酵などに用いられています。ここではそれらを総称して「実験室外の酵母」と呼ぶことにします。 近年の大きな進展として、実験室外の酵母を調べてみると基本的な細胞システムは同じように作られているけれど、い研究者が「常識」と思っていたこととろいろ違うところがあるのが分かってきています。「異数性にすると増殖阻害が起きる」という常識は実験室外酵母では通用しない(実験室外酵母には異数性耐性がある)というのもその1つです。 実験室外の酵母株のゲノムを調べてみると、異数性になっているものがウジャウジャいる。だいたい20%くらいの株は異数性になっている。常識では、異数性になると増えた染色体から作られるタンパク質が細胞内のタンパク質組成のバランスを乱すので増殖に悪影響を与えるはずなのに、なぜそれほどの株が異数性でいられるのか?・・・これが、実験室外酵母のゲノム研究から生まれた謎でした。 そこでこの研究では、796の株(isolates)について体系的にトランスクリプトームとプロテオームの解析を行いました。この研究のとんでもないところはこの数のプロテオーム解析行ったところで、これは最終著者のMarkus Ralser氏だからこそなせる技だと思います。 この研究で見つかってきたこととして、増えた染色体から作られるmRNAは増えているがタンパク質の量はあまり増えていない(これを「attenuation」と呼ぶ)。実験室酵母で異数性を作った際には、attenuationは少数のタンパク質だけで起きるが、実験室外酵母では増えた染色体のタンパク質全体でattenuationが起きる。このattenuationはタンパク質の分解の加速により起きているようだ。 さらに、これまで異数性で起きると言われていた転写応答(ESR、CAGE、APS)などは、起きてはいるが株に寄ってまちまちで、増える方向だったり減る方向だったり特に統一的ではない。つまりは、これまで実験室酵母(主にW303株)で見つかった異数性の表現型は、実験室外の異数性株にはほぼ当てはまらないということになります。これはちょっと衝撃的です。 しかし、ここで考えるべきは、実験室で作られた異数性株と長年異数性を維持してきた(進化した)株を同列に捉えてはいけないということです。「何を知りたくてその研究をやったのか?」と言ってもいいかもしれません。前者は、異数性を人為的に作りその悪影響を知ろうとした、あくまで「モデル」として作り出した株です。W303という株は、そもそも実験室で扱いやすいように、細胞周期の研究がやりやすいように作られた株です。(自然界の)酵母の代表ではありません。後者は、酵母はどうやって異数性に適応しているのか、適応しうるのかを調べた研究です。 この論文には以下のメッセージがあります。Our findings serve as a potent reminder that outcomes observed in a single genetic background, no matter how meticulously analysed, may not be universally representative.(私たちの発見は、どれほど精密に解析されたものであっても、単一の遺伝的背景で得られた結果が普遍的に代表的であるとは限らないという、強力な教訓を改めて示すものである。) 確かにこの論文ではそれが分かったのですが、じゃあ異数性の影響に対して何か知識が深まったかというと、「いろいろな(分からない方法で)酵母が異数性に対応しているっぽい、共通しているのはタンパク質の分解が早くなってるっぽい」ということ。・・・それが、酵母を用いた異数性研究で私たちが求めていた答えなのかということになると思います。調べれば調べるほど一般則がなくなっていく——それでも、私たちは一般性を探し続ける。その営みの中に、生物学の本質があるのかもしれません。 Share on FacebookTweet(Visited 127 times, 5 visits this week) エッセイ 大規模解析 論文 過剰発現 酵母
The 2010 Yeast Genetics and Molecular Biology Meetingにエントリーしました。 2010-04-13 バンクーバーで7月27日から8… Read More