AlphaFold2は「3Dプリンターでタンパク質を打ち出してみよう業界」にも変革をもたらした

待ち望まれた構造予測のツール AlphaFold2 (AF2)

最近の生命科学において最も大きなトピックは、AIによるタンパク質の構造予測の実現、すなわちAlphaFold2(AF2)の登場だと思います。これは何十年も待ち望まれたブレークスルーといっていいと思います。

AF2を使うと、ほとんどすべてのタンパク質の立体構造がそのアミノ酸配列から高精度で予測できます。そしてその予測(計算)はアミノ酸配列が分かっているタンパク質についてはもう終了していて、データベースとして公開されています。我が(?)出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)のすべてのタンパク質の構造もゲノムデータベース(SGD)からのリンクで見ることができます。

AF2の何がすごいかはいろいろなところで紹介されているのでここでは割愛しますが(例えばここ)、私にとっては「酵母のすべてのタンパク質の構造を見ることができる時代が(私が生きているうちに)来るなんて!!」という喜びしかありません。

これまでのブレークスルーはクライオEMだった

さて、「タンパク質の立体構造」といえば、もちろん3Dプリンターでの造形です。このブログでも何度もタンパク質の3Dプリンターでの打ち出しを紹介しています。

「3Dプリンターでタンパク質を打ち出してみよう業界」(そんなものが存在するかどうかは知りませんが、多分私しかいませんが)に、ここ数年で最も大きなインパクトを与えた技術はなんといってもクライオEMでしょう。これまで部分的にしか分からなかったタンパク質複合体の巨大構造を次々と明らかにし、それを3Dプリンターで打ち出すためのデータとして提供し続けているのですから。

一方で、クライオEMは業界泣かせです。モデルが大抵大きくて複雑。造形に時間がかかるし失敗もしやすい、色をつけないと何が何だか分からない。そういう意味で、「クライオEMモデル」は業界人にとって挑戦しがいのあるターゲットなのは間違いありません

AF2の変革は天然変性領域 (IDR) を見せてくれるところにある

AF2に話をもどしましょう。AF2は業界にとっては新たな衝撃と言えます。なんせ、ありとあらゆるタンパク質が打ち出されるのを待っている状態になったのですから。現在のところAF2のデータベースに登録されている構造は1分子のタンパク質が作る構造に限られています。つまり、クライオEMで明らかになるような複合体の構造はありません。ですから、それほど大きなモデルはなく、打ち出しやすいということになります。恐らくそのうち複合体も登録されてくるとは思います。

さて、本エントリーで紹介したい「AF2がもたらした変革」は、実は「いろいろなタンパク質の構造が明らかになったこと」ではありません。その逆(?)に、構造を作らない部分を浮き彫りにしたところにあります。

タンパク質は折りたたまれて何らかの構造をとっているというのが割と一般的な理解です。ところが近年、折りたたまれていないふらふらした部分が結構たくさんあり、そこが大事な仕事をしているという認識が広まっています。このふらふらした部分は、天然変性領域(Intrinsically Disordered Region:IDR)と呼ばれています。IDRは安定した構造をとらないので、X線結晶構造解析やクライオEMなどの構造解析法では見ることのできない構造です(NMRだとふらふらしていることは分かる)。アミノ酸配列からは予測できるので、「このあたりはIDRだ」ということはできるのですが、3Dモデルで見ることはできませでした。

それをAF2はやってしまいます。というか、(おそらく)「タンパク質のこのあたりのアミノ酸配列は人類が知っている構造を作らない」という予測により、そこに構造を作らない部分があることを見せてくれるのです。例えば、下は私たちが研究に使っているNsr1というタンパク質のAF2による構造予測です。

酵母 Nsr1タンパク質のAF2による構造予測。分子のほとんどが「構造をとらない領域(IDR)」からできていることが視覚化され、手に取るように分かる。。

このタンパク質は構造をとらない部分が多いと思われていましたが、構造をとらないので3D構造のデータはありませんでした。それを、「こういう風に構造をとらないないんだ!」とAF2は見せてくれました。実際には、細胞の中では他の分子と結合していたりするので、Nsr1はこんな感じでは存在していないかもしれません。しかし、それでも構造の感覚をつかむには十分でしょう。

「構造をとらない領域 (IDR) が大事な役割を果たしている」というのは近年の生物学のパラダイムシフトの1つだと思います。これまで、構造をとる領域しか見られなかったせいで「構造をとる領域しかタンパク質にはない」と思い込んでいたことからのシフトです。生物情報学の世界ではIDRが大量に存在していることがいち早く認識されその機能解析が進みましたが、やはり「構造が見えない」ことには変わりありませんでした。AF2はそのIDRをはっきり・くっきり視覚化しました。

そして、ここからがこのエントリーの神髄。このIDRは3Dプリンターで打ち出せるのです!私ははじめ、「構造をとらないIDRは針金みたいに細くて3Dプリンターではうまく打ち出せない」と思っていました。ところが、実際にやってみるとそれなりに厚みがあり十分に打ち出し可能でした。上のNsr1を打ち出したものが下の写真です。手に取るようにわかるだけじゃなくて、手に取れる!!

Nsr1を3Dプリンターで打ち出し色づけしたもの。構造をとらない部分は紫色で示した。

こうやって打ち出してみると、ほんとほとんどがグニャグニャした、構造をとらない領域だと分かります。IDRのある部分には突起(アルギニンーオレンジ色をつけた)が定期的に突き出しています。Nsr1はこの「触手」を使って相互作用する分子を捉えているのでしょう。そしてその相互作用によって、話題の液-液相分離を起こすのです。

(打ち出してみると)IDRにはそれなりの存在感がある

最後に私たちの研究と関係がある、もうひとつのタンパク質の構造について説明します。このタンパク質(今は名前は伏せておきますー見る人が見ればすぐに分かると思います)、構造はタンパク質データベース(PDB)に登録されています。しかし、(結晶構造解析なので)構造をとらない部分はありませんでした。3Dプリンターで打ち出して(色をつけて)みるとこんな感じです。

PDBに登録されているあるタンパク質のモデル。実験で決めることができた「構造をとる部分」しか存在しない。

一方、AF2で構造予測したデータをもとに打ち出すと、見えていなかったIDRが見えてきます。このタンパク質のIDRは、アミノ酸配列の長さとしては短いけれど立体構造をとらないのでそれなりに存在感があります。つまり、「この部位、なんか大事な仕事してんじゃないの?」と思えてくるわけです。

AF2で予測した同じタンパク質のモデル。実験で決定された構造にはない構造をとらない領域(IDR)が、それなりの存在感を放っている。

終わりに

以上、AF2が「3Dプリンターでタンパク質を打ち出してみよう業界」にもたらした変革を紹介しました。3Dプリンターでタンパク質を打ち出し始めて7年ほどたちます。タンパク質の構造解析の日進月歩が、まさに手に取るように感じられます。私もこの進歩に負けないように(3Dプリンターでタンパク質を打ち出す)技術を磨いていこうと思います。次に来るのは人工タンパク質かな。

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