2019-08-042019-08-09 YeastSpotter:出芽酵母細胞を認識するツール はじめに 画像上に存在する物体を認識・分離することを「セグメンテーション」と言い、セグメンテーションされた物体は「オブジェクト化」されたと言います。セグメンテーションは画像解析の第一歩であるとともに、最も重要な処理でもあります。今回のエントリーでは、出芽酵母の細胞をセグメンテーションするツールYeastSpotterを紹介します。 セグメンテーションとは? 下の野生株と変異株の出芽酵母細胞の顕微鏡写真(明視野画像)を見比べて違いを見つけてください。 酵母細胞の違いは? 野生型のほうが細胞密度が高い、細胞がくっついている? 変異株のほうが細胞が大きい、あるいは形が不揃い? 毎日出芽酵母を見ている研究者なら、変異株では長細い (elongateした)細胞が見られることに気づくかもしれません。 これらの特徴(表現型)が2つの株で実際に違っているのかをはっきりさせるには、画像上の酵母細胞の数や大きさ、形の情報を数値(パラメーター)として取得して、統計をとる必要があります。そしてそのためには、画像上の酵母細胞の1つ1つを分離・認識(セグメンテーション)し、オブジェクト化する必要があります。 このセグメンテーション、人間は意識しないで行っていることも多い作業です。例えば上記の酵母細胞の画像であれば、どこに酵母細胞があるかいろんな人に聞いてもだいたい同じ答えが得られるでしょう(酵母が丸い細胞だということは知っておく必要がありますが)。 酵母細胞のセグメンテーションは結構むずかしい 自動的な画像処理でセグメンテーションを行うのは、実は簡単ではありません。セグメンテーションとは、基本的にオブジェクトの内と外を分ける境界を見つける作業ということができます。そのため最もよく使われる方法は色や明るさを二値化することです。 二値化とは、例えば白から灰色、黒と連続的な輝度を持つ画像を白黒画像にする作業です。二値化のためには、白と黒にする境界の輝度(閾値)を決めなければなりません。それを自動でやるためによく使われるのがOtsu法です。下の画像はCellProfilerという生物画像処理ツールで、Otsu法でセグメンテーションした酵母の画像です。セグメンテーションできたオブジェクトは異なる色で表示されています。 CellProfiler-Otsu法でセグメンテーションした酵母細胞画像 うまく認識できた細胞もありますが、できていないものものも沢山あります。細胞と細胞の空隙や何にもないところが認識されていたり、大きな細胞が認識されていなかったりします(これは大きさで閾値を作ったからです)。これだと伸びた細胞を解析することはできません。 この原因は、明視野画像で自動で酵母を認識する難しさにあります。私たちは酵母細胞の丸さや境界線を捉えて酵母の内と外を簡単に認識します。ところが、酵母の内と外の画像の輝度はあまり変わりませんし、酵母の細胞内にも明暗を持つ構造があります。これがOtsu法のような二値化によるセグメンテーションを難しくしています。 解決策の1つは、酵母細胞で蛍光タンパク質を発現させ色をつけてしまうことです。ただ、そのためには組換え酵母を作る必要があるし、蛍光顕微鏡も必要となります。 深層学習による酵母細胞のセグメンテーション そこで作られたのが出芽酵母細胞専用のセグメンテーションツール YeastSpotter です。YeastSpotterは、今はやりの深層学習を使って作られた酵母細胞のセグメンテーションツールです。下の画像はYeastSpotterでのセグメンテーションの様子です。ほぼすべての細胞がうまく認識されていることが分かります。 YeastSpotterでのセグメンテーション。CellProfilerを使ってオブジェクト化した。 深層学習なので酵母細胞のどんな特徴を認識しているのかは分からないのですが、「もともとは核をセグメンテーションする目的でトレーニングしたネットワークが酵母もうまく認識した」というだそうです。外と内があり、丸く、内部がざらざらしている、などの特徴を捉えているでしょう。もしかしたら人間が捉えられない特徴を捉えている可能性もあります。 このようにしてオブジェクト化できたら、後はオブジェクトの数、大きさ(面積)、形など数値を画像ごとに統計解析すれば良いということになります。 YeastSpotterの問題点 うまく出芽酵母細胞を認識してくれるYeastSpotterですが、実は酵母の研究者ならすぐに気づく問題点があります。下の画像を見て考えてみてください。 YeastSpotterでのセグメンテーション、なにが問題でしょうか? 答えは下の図にあります。酵母は母細胞から小さな芽が出て膨らんでその芽が分裂して娘細胞になります。ですから、小さい芽は独立した1つの細胞ではなくて、それがくっついている細胞の一部(突起?)だということになります。さらにはある程度の大きさを持った2つの細胞ですら、分離していなければ1つの細胞といわなければなりません(これを「ダンベル型」と言ったりします)。 酵母細胞の細胞周期の模式図。赤い丸は核です。 従って、YeastSpotterでのセグメンテーションでは、小さい細胞が多いのか、小さい芽を持った細胞が多いのかを区別することができないことになります。 それができるようにするには、2つの隣り合う丸が1つの細胞なのか別々の細胞なのかを見分ける必要がありますが、明視野画像でそれをおこなうのは人間でも難しいでしょう。したがって、顕微鏡観察の前に(超音波処理などで)細胞をなるべく分離する、核などの細胞内の構造を指標にして細胞の状態も踏まえてセグメンテーションをするといった工夫が必要となります。 おわりに 今回のエントリーでは、YeastSpotterの紹介を兼ねて、酵母細胞の画像認識について解説しました。ただの丸として認識できそうな酵母細胞ですが、ちゃんと生物学的情報も含む形でセグメンテーションするには結構いろいろ考えなければならないことがある、というのが本エントリーの結論なのかもしれません。 Share on FacebookTweet(Visited 2,340 times, 2 visits this week) ウェブページ ソフトウェア テクノロジー 用語解説 細胞周期 論文 酵母